★自賛/『五感で楽しむ東京散歩』山下 柚実

 一冊の書籍を上梓するためには、「私」という次元の力を越えた、偶然や多様な他者からの後押しが、どうしたって必要になるものです。そんな幸運にたとえば一冊の書籍が遭遇したとしても、その書籍は次に商品という、著者にはコントロール不可能な世界への旅立ちとそこでの成功を渇望されることになります。
 
 いつも、そのようにして一冊の書籍は、私の手のひらから、スルリと滑り落ちていきました。
 
 嬉しいけれども切なくも感じる、嗚呼、そんな一冊として、『五感で楽しむ東京散歩』という書籍が、私の 18 冊目の単行本として世に出ました。

 私は、ここ十年「五感」というテーマにこだわってきました。はじめて「五感」を主題にした連載を書いたのは月刊誌『クレア』(文藝春秋)でした。当時は「五感」というテーマをうまく理解してもらうことができなくて、苦労したものです。
 
 その後、現代社会の内部で蠢く若者たちの生態を「五感」という切り口からレポートし、『五感喪失』(文藝春秋)が生まれました。続けて、子どもたちの五感をめぐる現状、暮らしの中に「五感/感覚」を取り入れていくヒントを『五感の故郷をさぐる』(東京書籍)に収録。さらに、眠っている「私」の五感力を目覚めさせるための技法を『五感生活術』(文春新書)という一冊に。その後、「五感力」をめぐって、『声に出して読みたい日本語』の著者・明治大学教授、斉藤孝氏との対話が実現し、『「五感力」を育てる』(中公新書ラクレ)が出版されたのでした。
 
 こうして、ここ数年の出版物を振り返ってみると、私が、いろいろな道具やたくさんの職人をそろえて、なんとか「五感/感覚」という対象を、自分の納得のいく建造物に仕上げていこうとしている悪戦苦闘の痕跡が見てとれます。

 でも私は、こうした一連の「五感/感覚」をめぐる作業に、なにかひと味の足りなさを感じてきました。それは、私が「五感」をテーマにして数多くの原稿を書けば書くほど意識してきた、他者への伝達の思いでした。

 「五感」についての発見や気づきは、どうしたら読者に伝わるのだろうか? 文字という「記号」の集積によって、本当に「五感/感覚」をめぐる切実な出来事は、伝達できるのだろうか?

 いったい、読書という経験を介して、私は何を伝えたいのか?

 本を読むという行為によって成立する「記号」の連続的集合と重層化の経験が、事件や出来事や人間や風景の「直接性」と出会い、接触する可能性は、どこにあるのか?
 
 私は、そうした直接的関係を、「身体と五感」とが衝突しスパークする瞬間の「場」を設定する「本」を造ることで手に入れることはできないか、と考えたのでした。
 
 私が「身体と五感」が直接に摩擦を引き起こす「場」として選び、すべてをゆだねてみようと考えたのは、「東京」という空間でした。私という人間が生まれ育ってきた空間、最も心地よく感覚を受け入れてスパークし、接続した生命体を心底からインスパイアしてくれる都市・東京。その東京を巡る様々なツアー体験を、一冊の書籍を介して「私」と「読者」とが共有する──そんな読書をめぐる経験。それも、「五感」を頼りに、これまでにきっと出会ったことが無いであろう、また、そんな風に向き合うことのなかった希有で新鮮な経験を提供できる一冊の「本」。
 
 私の欲張りな思いをしこたま詰め込んで、『五感で楽しむ東京散歩』は出版されました。
 
 この本は、ぜひあなたの小脇に抱えていただきたい、東京散歩の小道具です。


書籍データ
『五感で楽しむ東京散歩』
著者=山下 柚実
岩波書店(岩波アクティブ新書・カラー版)
940 円+税
2003年5月7日初版

この本を購入したい方は、本サイトの「東京堂」をお訪ねください。
http://www.edagawakoichi.com/tokyodo.html

[2003.7.22.]


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