★東京を歩いて、眺めのいいバーに出会う

 日曜だったか、神田川沿いの大曲近くにある印刷博物館へ出かけた帰りに、後楽園まで歩いてみる気になった。坂を上って下って、一山越える感じだけれど、このごろだいぶ様変わりしたという東京ドーム周辺を見てみたいという気持ちのほうが勝って、どんどん歩いてしまった。

 それで、東京ドームホテルを見つけ、ここが噂の超高層か、と思いつつロビーに入った。すると、エレベータで最上階の 43 階まで直行できることがわかり、一も二もなく、乗り込んだわけである。

 43 階にたどりついて、ドアが開くと、真正面にバーカウンター、それもひどく立派なのが立ちふさがっている。驚くとともに、とてもうれしかった。

 とりあえず、生ビールを一杯。支払いは、アメリカン・スタイルの COD (代金引換え) であった。ここは、「アーティスト バー」と言うらしい。

 グラスを手に、さて、どっちへ行こうかと思いあぐねる。北と南、両方の窓に面して、8 席ぐらいずつのカウンターがある。

 はじめ南の方角へ歩を進めたけれど、途中で思いとどまった。神田から都心にかけての低い家並が見渡せるのだろうが、あまりそそられない。それで、北のカウンターへ向かった。

 果たして、観覧車と、その大きな輪のなかをすり抜けてねじれながら走るコースターとを眼下にできる、絶好のロケーションであることがわかった。

 陽が落ちていく。大観覧車を縁取るライトが輝きはじめ、これぞ絶景と言わずしてなにをもって絶景と称すべきや、などと怪しいムカシ表現をふりかざしたくなるほどの感動ものであった。

 ニューヨーク、カリフォルニア、ベルリン、大阪、横浜、東京、その他いろいろ、観覧車フリークのひとりとして、世界を股にかけてきた (かどうかはともかく) けれど、こんなことは初めてである。

 観覧車は見下ろすものであって、見下ろされる存在ではないはずであった。この常識があっさり逆転されてしまった。観覧車としては、あまりうれしくない状況だろうけれど、我慢してもらいましょう。新たな視界を開いてくれた、この超高層のバーに感謝しつつ、ビールのお代わりをする。

 隣に、アメリカ人らしい男と日本人らしい女が、まだ 2 歳にもならないと思われる幼児をなかに、黙って、この同じ絶景を眺めている。ぼくは、その子に言ってあげたかった。「きみは幸せだ。いつかあれに乗ったら、自分がどんなに幸せな経験をしてきたかがよくわかるよ」と。

 このごろの東京は、高みで酒を楽しめる場に事欠かない。新しい建物がいくつも立ち上がり、そこに、眺めのいい酒場ができたおかげである。

 もっとも、そうした場所はとくに求めて行くものではないと思う。街頭に佇み、ふと見上げるビルの階上に、出来心から上がってみる。と、酒場があるではないか。それに、思いがけない眺望が窓の外に。結果、おぼえず杯を重ねることになってしまう。このような何気ないプロセスをたどりつつ、あれやこれや、高みのバーと付き合っていきたいものである。

 つづくは、汐留シオサイト、シティセンター・ビル。知己とふたり、用事を終えれば、すでに夜がはじまっている。したがって、ビールでも飲もうということに、当然なる。41 階の飲食街へ上がっていき、店を物色する。

 入り口にあるメニューを点検し、手持ちぶさたそうな従業員に尋ねる。ところが、困ったことにビールがない。いや、あるにはある。しかし、X 銘柄ばかりではないか。ふたりともに、X ビールをビールとは認めたくない。だからどうしても入るわけにはいかない。

 なかで「バー・マジェスティック」MAJESTIC がちがっていた。それで、ここの客になった。こうした偶然は、しばしば幸運をもたらす。このときもそうであった。

 なんと窓の外に、東京タワーが近々と、まるで手を伸ばせば触れられそうに、迫っているではないか。小型機に乗って、鉄塔の周りを旋回しているみたいな錯覚に陥る。

 つまみに注文したカキは、三陸とタスマニアと二種が登場する。こうなると、ビールなどのんびり飲んでいる場合ではない。やはりここは、キリッとドライなマーティニでなければ、ということに一決する。酒飲みは勝手なものである。もちろん、この選択は正しかった。

 飲・食・景の三点が、もののみごとにセットになって、これほど満たされた時間も少ない。

 さて、思えば、汐留は銀座の隣町である。せっかくここまで来たのだから、銀座を眺められるところへ行きたいな、と言い合ったものである。それももう少し低い位置から、街を堪能できないか。この夜のぼくたちには勢いがあったわけである。

 知己が思いめぐらせた末に挙げたのが、ギンザグリーンである。このビルは、2001 年の夏に、銀座通りに面した一等地にオープンしたという。その最上階 11 階にある、なかなか流行がすたれない和食系ダイニング・バーの「響」へ連れられていった。(同じ系列のバーが、シオサイトの別のビルの 46 階にあって、そこからは東京湾も一望にできるそうである。)

 すでに時間も遅く、ゆるやかな店内である。大通りに面した、角の一等席に座ることができた。正面に、サルヴァトーレ・フェラガモのファッション・ビルが、闇のなかに赤くぼんやり浮かびあがり、左斜め奥からまっすぐに通りが伸びてくる。ここは銀座 7 丁目である。

 銀座通りを見下ろしたことは、これまでにも何度かあるけれど、このアングルはおそらく初めてと思う。手元には、冷酒とひじきの煮物。風景にマッチしているような、いないような。

 眺めがいいからと言って、それだけで酔えるというわけにはいかないけれど、酒にリードしてもらえば、なんとかなる。実際、なんとかなった。

データ

●アーティスト バー
 東京都文京区後楽 1-3-61 東京ドームホテル 43 階 電話 03-5805-2243
 営業時間/11 時 30 分〜23 時 (22 時 LO) 
 無休
 サービス料、チャージなし

●MAJESTIC
 東京都港区東新橋 1-5-2 汐留シティセンター 41 階 電話 03-3569-7676
 営業時間/17 時 30 分〜翌 2 時 (日 24 時まで) 
 無休

●響 銀座 7 丁目店
 東京都中央区銀座 7-8-7 GINZAGREEN 10・11 階 電話 03-5537-0332
 営業時間/17 時〜23 時 30 分 (土・日・祝 23 時まで) 
 ランチ 11 時 30 分〜15 時
 無休

[2004.2.6.]

好評連載中の「日々是酒中日記」4 万字分 に加筆し、集大成した
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