★シングル・モルト-入門編

まず、癖の強いアイラ島産から■

 シングル・モルトは厄介な酒である。しかし、酒飲みは、その厄介なところに魅かれる。たとえば、次ぎのような場面がある。
 ──カウンターに座るなり、お客が、酒棚の一本を指差して「あれにしてよ」と言う。と、マスターは問い返す。「きょうは一杯だけで終わりですか」。怪訝そうな客は「何杯か飲むけど」と。「それじゃこれは後にとっておきませんか。締めということで」と、しばらくお預けになってしまう。──
 この光景に接したのは、「モルトハウス アイラ」(東京・練馬区)というバーである。モルトだけでなんと1,000種類も揃えている。それぞれに味わいがちがうから、飲む順序にも注意しなくてはいけない。ここで、モルト・アドバイザーの役目も引き受けているのが、マスターの鈴木勝雄氏である。
 「モルトの魅力は、その多彩さにあります。作り方は単純明快で、どこの蒸留所でも同じなのに、これだけ味が変わる不思議さ。ワインと同様で、水、空気、地質など、その土地独自の自然がバランスよく封じ込められて、絶妙の品々が生まれるのです」
 イギリス・スコットランド地方には、100に近い蒸留所が稼働している。地域によって異なった性質のモルトが生まれる。
 この店の名前にもなっているアイラは、西側の海に浮かぶ島で、モルトの名産地である。ラガブーリン、ラフロイグ、アードベッグ、ボウモア、いずれも島で生産されるブランドだが、モルト好きは、これらに鮮烈な印象を受けている。いずれも独自の味を主張する酒ばかりで、「潮の香りがする」「煙っぽい」、あるいは「ヨードチンキみたい」などとも言われる。
 「数年前から、モルトが注目され、いまではブームと言えるくらいになりましたが、その底辺にはアイラ・モルトがあります」と鈴木氏は述べている。
 しばらく前から、従来のスコッチ・ウィスキー、いわゆるブレンデッド・ウィスキーの人気に翳りが出てきた。とくに若い世代にはウィスキーそのものをほとんど知らない層が増えた。そんな彼らがたまたま、強烈なアイラ・モルトを口にして、「これはすごい、ちがう酒だ」と感動し、モルトにはまっていくケースがよくある。
 こうして、シングル・モルトはスコッチとは別のものという観念が定着しつつあるようである。
 手綱さばきひとつで名馬に変身する荒馬のように、きわめて個性的なモルト。さて、はじめて注文するときはどうすればいいか。
 「ロックや水割りはやめたほうがいいでしょう。ストレートか、それで強すぎるなら等量の加水(単に水を加えること)をして、まず、立ち上がってくる豊かな香りを楽しむことです」
 とは、毎年スコットランド詣でを続けているという"モルト伝道師"鈴木氏による、ビギナーへのアドヴァイスである。

「モルト伝道師」鈴木勝雄氏との対話
 -鈴木さん自身のシングル・モルトとの出会いは?
 「私はずっとウィスキーはロックで、という考えでした。ところが、モルトをロックにすると、モワッという感じで甘くて飲めないのです。これならバーボンのほうがいいやと思っていた。ところがあるとき、たまたま氷がなくて、モルトをそのままストレートで飲んだところ、全然違うんです。フレーヴァーの豊かさを発見しました。飲み方間違えていたんだと悟った。以来、モルトを集めはじめて、とうとうこんなバーまではじめてしまったというわけです」
 -そこまで惹きつけられるモルトの面白さは、どんなところにあるのでしょう?
 「味のヴァリエーションがすごいということと同時に、裏側にある歴史や文化の奥深さに惹かれるのですね」
 -モルト、バーボン、ふつうのスコッチ・ウィスキーのちがいを説明してください。
 「ふつうにスコッチと言われているのは、モルトと、トウモロコシと小麦が主原料のグレイン・ウィスキーをブレンドさせたものです。だから、ブレンデッド・ウィスキーとも呼ばれるのです。モルトはスコッチの原酒ということになります。以前には、日本ではモルトもスコッチの一種として扱われていたくらい、目立たない存在でした。それが90年代になって、別々の呼び方をされ、モルトが独自のお酒と認められていきます。
 なお、バーボンは、グレイン・ウィスキーだけを樽で熟成させたものです」
 -歴史的には、モルトが最初で、その後にブレンデッドになっていくのですね。
 「そうです。モルトはもともと、スコットランドの農家で片手間につくっていた。その意味では地酒です。一部がワイン商や雑貨商の手で計り売りされていました。ところが、モルトの品質にはばらつきがあります。あれはおいしいがこれは駄目だと。そこで、ジョン・ウォーカーという人物が、紅茶のブレンドからヒントを得て、モルトをブレンドすれば味のちがいを均質化できると考えたのです」
 -結果、スコッチ・ウィスキーが世界に羽ばたいていったわけですか。
 「そういうことですが、世界的に広まったのには、他にも理由があります。値段の高いモルトと安いグレインを混ぜたのは、絶妙のアイディアでした。グレインは穏やかな性質でモルトの個性を弱めることがありません。だから、ブレンドすることで、味を落とさずに『水増し』でき、安く売れるようになりました。
 もうひとつ、モルトは癖が強いのですが、これをグレインで和らげたことも大きい。おかげで都会的で洗練されたウィスキーがつくれ、ロンドンなどのイングランドで広く受け入れられたことも世界化のきっかけでしょう」
 -それほどに完成度の高いブレンデッドの人気がすたれて、モルトが再評価されるようになったのは?
 「ウィスキーにかぎりませんが、個性のないものは飽きられる時代になりました。同じような味のスコッチはもういい、というわけで、一世紀以上前のモルトの個性が、あらためて人々を魅了しているのだと思います」
 -すると、これからはモルト全盛になっていくと?
 「そうは言えないですね。たしかにモルトは年々倍増の勢いで出荷されています。しかし、もともとのスコッチは販売量の点でけたはずれに多い。その落ち込みがひどく、数量ベースで、モルトがこれをカヴァーすることは無理です。したがって、モルトは根強いファンに支えられて飲み継がれる酒にとどまるでしょう」
 -なるほど。それでは2杯目をいただきましょうか。
 「わかりました。1杯目は軽いのをお勧めしたので、今度は少し濃いの、少し熟成期間の長いものにしましょう。こうしてだんだんに濃くしていくのが、飲み方のコツですね」
 -ありがとうございます。おかげでモルトへスムーズに入っていけそうです。★

(2001年7月18日付け『産経新聞』夕刊掲載原稿に加筆)

<シングル・モルトを堪能できるバー>
 モルト・ハウス アイラ 東京都練馬区豊玉北5-22-16 キジマビル2階 電話03・5984・4408 営業時間/18時-翌4時(日0時30分まで) 無休
 スペーサイド・ウェイ 東京都目黒区自由が丘1-29-6 三笠ビル5階 電話03・3723・7807 営業時間/19時-翌3時30分 火休
 ヘルムスデール 東京都港区南青山7-13-12 南青山森ビル2階 電話03・3486・4220 営業時間/18時-翌6時(日・祝3時まで) 無休
 ヒース 東京都国立市東1-15-24 電話0425-73-5135 営業時間18時-翌1時 火休
 バグース 千葉県市川市市川1-7-16 コスモ市川2階 電話047・326・9562 営業時間/18時30分-翌2時(日・祝18時-0時)
 ザ・ダフタウン 神奈川県横浜市中区石川町2-62 嘉山ビル2階 電話045・663・7936 営業時間/18時-翌3時(日・祝1時まで) 無休
 
 →→→<枝川公一の本>『東京のBar』

(2001.8.10.)