★酒ありて、人ありて(第2回)ジャニス・ジョプリン |
ジャニス・ジョプリンは不良少女で、10代のころから、へっちゃらで飲んでいた。酒類の法規制がうるさかった故郷、テキサスの町から、州境のサバイン川を渡れば、規制のゆるいルイジアナ州。川沿いにホンキートンク(安酒場)が並んでいる。店から店を渡り歩き、飲みつづけ、ブルースの喉を鍛えた。
27歳で逝ったブルースロッカーの写真には、酒瓶がしきりに写り込んでいる。なかでも、瓶を優しく、しっかり手のなかに収め、まるで赤ん坊を慈しむように抱くショットには見とれる。場所は、サンフランシスコにあったコンサート会場、ウィンターランドの楽屋。時は死の2年前の1968年。彼女の表情は、童女のそれのようにあどけない。
瓶のラベルは、サザンカンフォート(南部の慰め)である。19世紀にアメリカ南部で誕生した酒だが、ジャニスが有名にし、いまも彼女の酒として語り伝えられる。これを持ち歩いては飲みつづけたのである。ステージで、楽屋で。
オレンジ、ピーチ、レモンなどフルーツフレーバーのリキュール。当然甘い。そこで、酒に慣れない若者のための「入門酒」と言われる。「飲むかい」と彼女に訊かれて、ロックンローラーのジェリー・リー・ルイスなどは「100%酒ってやつだろ」ととりあわなかった。しかしジャニスは、この酒にこだわった。
「彼女にとって、サザンカンフォートを飲むのは妥協だ」と見抜いたのは、ロック評論のデイヴィド・ドルトンである。ジャニスは、人生を楽観する叡知の人でありながら、ときに絶望感にさいなまれ、醜い影のような自分に気づく。絶望から来る無力感と妥協するための酒がこれなのだ、と。
ジャニスは、死の1年前になって、あれほど好きだったこの酒をやめてしまう。もっと強い、酔いの標的を直撃されるウォッカとジンに夢中になるのである。とりわけウォッカベースのスクリュードライヴァーが気に入り、グラスを挙げてはおかわりをした。
遂に絶望感に屈服したのであろうか。ジャニスの死因は酒ではなくて、麻薬の過剰摂取である。カンフォートのゆるい味わいに、もはや我慢ができなくなっていたかもしれない。
――昨年の暮れ、東京深川のバー「オーパ」で、「リキュールの女王」シャルトリューズVEPヴェールをカンフォートと合わせた、ロックスタイルのカクテルに遭遇した。バーテンダー大槻健二さんオリジナルの「甘みを生かした、男のための今宵最後の一杯」であると。その名はハピネス(幸せ)と告げられ、途端に、ジャニスの名曲『サマータイム』が耳元に聞こえはじめてしまった。
★[2008.2.18.]
初出『ランティエ』誌 2008.3.