★大阪で立ち呑み「おばちゃん、もう一杯」

耐えられなくなるまで■
 立って呑むから立ち呑みである。しかし、座って呑んでも「座り呑み」とは言わない。椅子に掛け、止まり木に止まって呑むのが当たり前だからである。少なくとも、ぼくのような東京の人間はそう思い込んでいる。
 しかし、大阪には「立ち呑み文化」というものが、厳然として存在する。
 浪花の街を歩くと、暖簾の下に、靴やら草履やらの足が並んでいる光景にぶつかる。通り過ぎながら、暖簾の隙間からチラと見える店内には、グラスの熱燗を傾け、串を頬張る男たちの満ち足りた表情が並んでいる。
 そのあまりに親密な、あまりに濃密な空間にたじろぐ。文化はときに、人を寄せつけない。しかし、好奇心は募るばかりである。耐えきれなくなるまで、ひたすら待つ。

梅田地下街・松葉(右)と、店のおじちゃん(左)

我慢の限界■
 一夕(正確には、まだ夕べにならず、日も高い午後)、運命のときはやってきた。梅田の地下街で、通路の端に暖簾を回しただけの「松葉」のカウンターにひょいと立ってしまった。我慢の限界を突破。もうブレーキが利かない。JRを乗り継いで、このごろはユニバーサル・スタジオ・ジャパンなんてものがある大阪港間近の工場街、此花区にまでハシゴの脚を伸ばす。「島井酒店」つづいて「堀田酒店」と、倉庫のように広々とした酒屋で立ち呑む面々の間に、酒の酔いにまかせて、割って入った。
 「このぬた、おいしいよ」
 隣の人の何気ないつぶやきには、ほんとうにおいしいと信じさせるだけの温かみが込められている。つられて、素直に声が出た。
 「ぼくにも、そのぬたちょうだい」
 すると、おかみさん、
 「ほんとは分葱(わけぎ)を使うといいんやけど、きょうは高くて買えなかった」
 と内情を簡単に暴露してしまう。その瞬間、当方、立ち呑みの真髄を悟った気がした。
 立ち呑みとは、開かれたコミュニケーションである。人と人とが出会うとき、自分の思いを投げ出して恥じることのない関係が、そこでは瞬時につくられてしまう。
 立って呑むことは、束の間、人に全き自由を与える。すっと動いて冷蔵庫から勝手にビールを取り出すもよし、隣のテーブルに漂っていき会話の仲間に入るもよし、ひとりカウンターの端へ移動しておでんのネタをあれこれと選ぶもよし。そこにいる間、ぼくたちは自由だ。手のなかのグラスが、それを保証してくれている。
 「おばちゃん、もう一杯」

日本経済に希望はあるか?■
 心に滲みたシーンのいくつか。
 「松葉」にて──
 揚げものの「ソース二度づけ禁止」の張り紙2枚。食べかけて、もう一度ソースをつける不作法者が「たまにはいてる」という。
 目の上に、きちんと畳んだタオルの手ぬぐいが、カウンターに沿って6枚、点々と並んでいる。手をと差し上げて脂の染みた指先を拭う、ナプキン代わり。汚れたら、店のおじちゃんが裏返す。
 あれもこれも、他人に迷惑をかけない心構えである。
 「島井」にて──
 ツマミ(大阪ではアテと言うらしい)の人気メニューは、ハム、キャベツ、カニ缶、チリカマたっぷりのサラダ。名づけて博士(はかせ)。なぜ? おかみさん、しばし首を傾げ、「なんでやったかな、そや」と破顔一笑。最初につくって出した客の名が博士(ひろし)さんだったからだそうである。


島井のおばちゃん

 「堀田」にて──
 ごまめ150円、豚汁150円(お椀にめいっぱい。おいしかった)、ビール400円、お酒280円。合計して、計算間違いをしたかと思う。
 4時開店、9時閉店。以前は客が4回転した。ところが、不況で毎日来た人が週1回になったりで、波が引いていった。おかげで、去年あたりは1回転にまで減った。「でも今年になって、2回目の波が来るようになった。小波やけど」とおかみさん。
 立ち呑みからはるか、日本経済に希望を見る。
 「おばちゃん、もう一杯だけ」 

 松葉 JR大阪駅地下街、阪神百貨店のそば。電話06-6341-9423
 島井 大阪市此花区島屋2-4-22。電話06-6461-7355
 堀田 大阪市此花区島屋3-6-20。電話06-6461-0201 ★
 (『すみとも』2001年春号掲載)

大阪の楽しさについては、『大阪大探検』(潮出版)を参照してほしい。

(2001.5.14.)