★これが、話題の東京「立ち飲み」ニュー・ウェーヴ |
気が向いたらすっと入り、手早く出てくる酒のグラスを握りしめ、口元へ運ぶ。一杯だけでぱっと出てくるもよし、美味なつまみを堪能しながら、二杯三杯と進むもよし。気分次第で自由自在に楽しみ、終われば元気百倍。ああ、おいしかった、と仲間と言い合い、あるいはひとりごちつつ、夜の街を爽やかに縫っていく。
そんな風に楽しめる酒場が登場してくるのを待っていたのである、じつは。
近頃チマタを賑わす立ち飲み酒場は、立って飲めるというだけではない。安いだけでもない。次に行く本命の店に備えて下地を入れるのでは、もちろんない。滞留時間最短十分、最長七時間。飲みそして食べ、人が集まって、明日を生きるエネルギーを思い切り吸収する場所に他ならない。
「はいーっ」
副田誠店長を先頭に、紺地の半纏の若い男たち六人が、客の注文に一斉に唱和する声が響きわたるのは、その名も、新宿三丁目日本再生酒場である。
カウンターに向かって三列、約六十人の客がひしめき、外にまではみ出す深夜近く。スピーカーから奔出する、懐かしジミ・ヘンドリックスのギターも、店じゅうの元気にかき消される。
立ち飲みでありながらも、以前には片隅に少々、椅子も用意されていたけれど、大繁盛にたまらず、すっかり姿を消してしまって、いまは総立ち状態。それでも、しゃがんだり、自分の荷物に坐り込む若者がひとり、ふたり。
「過ぎ去った昭和時代。諸君、あの元気を取り戻そうじゃないか。クレージーキャッツが歌い、神風タクシーが走りまわった昭和へ向かって再生せよ」と訴える酒場である。カウンターの上に並ぶミニカーが、店の一角を占める電車のつり革と網棚が、高度成長に沸きに沸き、日本が熱気に包まれていた昭和への熱い想いをかき立てる。
焼き場の炭は赤々と燃えて、当日仕留めた豚の、ぴかぴか新鮮なもつをあぶる。のどぶえ、ちれ(脾臓)、てっぽう(直腸)、ちぶさ、全身がきれいさっぱり切り刻まれている。食用にならない部位はないらしい。
半纏の従業員は、店内を巡り、もつの知識を惜しげもなく披露してまわる。「絶対おいしいからね、のどぶえは。よーく噛むと味がどんどん出ますよー。なんだかお母さんのような気持ちになってくるなあ」
生ビール(490円)から始めてコップの冷や酒(白鶴 430円)へと進み、もつの串五本盛り(900円前後)に、シャキシャキねぎの薄味煮込み(430円)をプラスしても、平均予算二千円前後でカバーできる。最近、立飲み酒場への進出著しい女性客を沸かすのは、新陳代謝を促す、お肌ツルツル豚のコラーゲン寄せ三百五十円也である。
さて、一息入れに、トイレにでも行ってくるか。店の左手奥、冷凍庫のような、ステンレスのドアを開けば、かつての堅実な家庭を思い出させる、ひろびろとして清潔な御不浄。
暑い夏には涼しい風を送ってくれるのか、扇風機が一台。棚には、一昔前の家庭の必需品だったプラスチックのラジオ。やはりお馴染み、黄色い木製の牛乳瓶ボックスも置かれ、手洗い場に、かわいらしい豆絞り風の手ぬぐいが掛かる。なかで「逸品」は妻楊枝一束。人前で歯をせせるような、お行儀の悪い真似をしてはいけませんよと、暗に忠告されているみたいである。
扉一枚隔てた店内の喧騒を耳にしながら、心配りに溢れたトイレの静寂に身を置いていると、幸せな気分がしみじみと押し寄せる。
身も心も洗われて、気分はいやがうえにも高揚する。いざ、いま一度飲食の場に戻らんか。韓国の青唐辛子を仕込んだという焼酎、辛酎へチャレンジする勇気もまた湧いてこようというものである。
■■酒場データ
日本再生酒場
東京都新宿区新宿3-7-3 丸中ビル1階
電話 03-3354-4829
営業時間 15:00〜24:00
無休
(先日、午後7時ごろに、この前を通りかかったら、店の前にドラム缶転用のテーブルが出て、まっぴかりの盛況であった。さらに隣りが、立ち飲みのバーになっているのを知った。このあたりが急に「発熱」しはじめたらしい。なお、池袋の西口を歩いていたら、この酒場の池袋店がオープンしたのを見つけた。店の奥には、鉄腕アトムの人形が大切に格納されていた。)
渋谷「立喰酒場 buchi」■
「はーい」
「おかみさん」こと岩倉久恵さんの、ひときわ高い声が、始終聞こえる。こちらは、渋谷区神泉にオープンして数ヶ月の Buchi(ブチ。広島弁で「すごく」の意味)である。奥のキッチンで男たちがつくるつまみができあがる。と、元気いっぱいのこの声を合図に、ふたつある半円形のカウンターのどちらかへ、出来立てが運ばれていく。
ここの、いちばんの売りは食べもの。そこで「立喰酒場」を名乗る。立ち飲みの常識を超える、丁寧なつくりの食べものの数々を揃える。最初のお通しからして、揚げたクルミに黒糖をからめ香ばしく仕上げてある。この手の込みようは尋常ではない。
当方のつまみ注文リストは、次の通り。自家製ピクルス500円、自家製ベーコン600円、ぱりぱりの春キャベツ400円、ブルーチーズ600円、自家製コンニャク500円。
春キャベツにもベーコンにも、薬味が三種類ついてきたことを付記しよう。ベーコンの場合で言うと、自家製の柚子胡椒、それにマスタード、もうひとつ、醤油にトウガラシと麹を打ち込んで発酵させたという長野県飯田市特産の薬味が出た。「ちょっとずつおつけくださいね」ということで。
さらには、空腹に対しても、日替わりカレーやぶっかけうどんなど、準備おさおさ怠らない。
さて、酒のほうの入り口は、日本各地から集めたワンカップ酒(600円)である。それぞれに個性的なラベルを眺めながら、棚から選ぶのが楽しい。ある小さな蔵元は、自分のところのカップ酒が並んでいるのを見て、こんなに大事にされて涙が出るほどうれしいと話したそうである。
日本酒の取り扱いは手厚く、ぬる燗から飛びきり燗に至るまで、客の希望する飲み方に対して細かく応じる。
カップ酒は、もちろん正一合、掛け値なしの180ミリリットル。客は安心し、納得する。厚いガラスのカップは、手に重く、中身が減ってきてもずっしりして、いつまでも握りしめていたい。
さらにチェーサーの水が、鹿児島の焼酎、佐藤の仕込み水。これを一升瓶からグラスに注ぎこむ。
二杯目、三杯目の酒はどうしよう? 正真正銘ソムリエ資格ホールダーの「おかみさん」をわずらわしてワインをゲットするか。あるいは、気分をがらっと変えて、奄美の黒糖焼酎ベースの黒糖モヒートをはじめとするカクテル類を試す選択も。
高さ1.1メートルと、高めにつくったカウンターは、体重をかけて寄りかかりやすく、しかも疲れにくいのはどのくらいかを慎重に計った結果である。これを挟んで客のサービスにあたるのは全員が女性で、立ち飲みと知って躊躇する女性客に強力な援軍となる。店内に流れるのは、ピアノをバックにしたジャズ・ヴォーカル。
「おかみさん」が語る、新しい立ち飲み酒場とは? 「私は二十歳のころから居酒屋さんの仕事をしてきました。いま三十代の半ばになって、自分の年齢に合った、大人の遊び場、社交場をつくる気持ちになりました。ふだんはあまりおしゃべりをしない同士でも、ここに来れば話が弾む、そんな場にしたいと。私たち自身も楽しいし、お客さんが楽しそうにしているのを見るのも楽しい店に」
カウンターの奥に、五人ほどのグループが集まっている。酒が進み、食がカウンターに並ぶにつれて、おしゃべりに熱が入り、その一角が、まるでミニパーティのような雰囲気を醸し出す。
立ち飲みに立ち食いが加わり、集う面白さに拍車がかかる。食べるものがあるから飲んでいられるし、飲むものに満足できるから食にも精が出る。飲みかつ食べる。食べて飲む。各地に押し寄せる、新たな立飲み文化の波は、人々を活き活き集わせて、ひとりひとりの元気に火をつける。
■■酒場データ
buchi
東京都渋谷区神泉町9-7 1階
電話 03-5728-2085
営業時間 11:30〜14:00(L.O.9
17:00〜翌2:30(L.O.)
無休
(「B食倶楽部」のサイトで、この店のワインの充実ぶりを紹介している。)
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[2005.6.6.]
初出=dancyu 2005年6月号