★関西のバーを巡る──大阪、神戸、京都、心魅かれる酒場たち
Bar Leigh(バー リー 大阪)■
2月のはじめ、大阪には雪が舞っていた。珍しいことという。関西に不慣れなぼくたちは道に迷い、連れがケータイを何度か手にすることになった。従業員のひとりが、店の外に出て手を振っていた。
5年前の春、ぼくは、このバーを訪ねている。2年後、ふたたび行こうとして、そのときはもう店の名も場所もおぼえていないのに気づいた。よくあることだ。なんとかなるだろうと出かけたが、なんともならなかった。高層ビル群の明かりが降りそそぐ環状線・京橋駅辺りをむなしく徘徊しただけで帰った。
今回ぼくは、なぜなのか、たどりつけないままのバーにこだわった。自分の部屋をひっかきまわし、5年前のメモを発見した。かくて幸せな夕べを迎えられた。もし神がいるなら(いないかな)、感謝したい気持ちである。
意外な寒さのなかを抜けてきて、まるで雪国のバーに座っているみたいに錯覚したのか、ふたりともに、これまであまり例のないホット・カクテルをほしがった。
まず、連れのグロッグができてくる。ラム・ベースで、レモン片に丁子のスティックが突き刺してある。アルコールも香りもともに強いにちがいない。
つづいてオーナーの早川恵一氏は、ぼくのブルー・ブレーザーにかかる。ウィスキー入りのマグと、ウィスキーを少し加えたお湯のマグを用意して、ウィスキーのほうに火をつけ、燃え上げるお酒とお湯と、ふたつのマグを交互に注ぎ合う。すると、ライトを落としたカウンターに、炎の澄んだ青が液体のアーチを包んで流れる。息を呑む瞬間であった。
やがて早川氏、一冊の古びた本を取り出しページを開く。ブルー・ブレーザーのレシピが書かれている。世界的な権威を持つ、サヴォイ・ホテルのカクテル・ブックである。
1990年、ロンドンの大英博物館前。とある古書店の店先を通り過ぎながら、当時20代後半の氏は、若い店員とふと目が合った。何気なく尋ねる気になる。「カクテルブックある?」「オー、イエス」──差し出されたのが、これである。1930年の初版本で、しかも著者サイン入り。なにも訊かずにクレジット・カードを渡していたという。「鑑定団」もびっくりの稀覯本である。
「一瞬、あのイギリス人と視線を交わしたおかげで、日本には他にない1冊を手にした。人の出会いの不思議さを感じる」
ここで、カツサンドのツマミが出てくる。トーストを小さく切り分けてある。口に入れると適度に温かく、手をかけてつくってあるのがわかる。そうだ、5年前もこれが出てきたのである。突然に記憶がよみがえり、おかげで、自分のこだわりも納得できた。あのときの人の感触が、どこかに残っていて、それに魅かれつづけていたのにちがいない。
店名は、映画『風と共に去りぬ』のスカーレット、ヴィヴィアン・リーからとってある。「実家の手洗いに彼女のポスターが張ってあり、それがオシャレだった。親戚のおばさんに頼んで易者に占ってもらったら、字画が最高と言われたから」
もう二度と、このバーを忘れない。
〈大阪市都島区片町2-7-25 アンシャンテビル1階 電話06-6358-8210 営業時間18時−翌1時 日祝休み。スコッチ800〜、カクテル1000〜、テーブルチャージ800〉
(1999.4)
BAR ながむら(大阪)■
ダイキリというラム・ベースのカクテルがある。ふつう、ライム・ジュースとシロップを混ぜる。これを注文しようかと思いつつ、しばしば迷う。その日そのときの好みの味に出会えるかどうか、つねに一抹の不安があるからである。あるときは甘過ぎ、あるときは酸味が勝ちすぎ、腑に落ちることが少ない。
「ダイキリはおもしろい。私はいちばん好き。甘さと酸味のバランスが微妙で絶妙」
と若いバーテンダーは言った。これを聞きながら、ぼくたちは同じことを考えたにちがいない。次はダイキリにするしかないな、と。その通りになった。同時に同じものということは、これまでめったにない。
この店は二度目である。一度目は、少なくともぼくは、かなり酔っていたと思う。棚の酒瓶を背後から照らす間接照明が滲んで見えた。「こういう明かりってありそうであまりない」という、連れの落ち着いた感想が、遠くに聞こえた。
そして、今宵のダイキリ。やや甘味が入って濃厚。一方、連れのそれは、酸味を効かせてすっきりした味わいになっているという。この違いは十分に納得できる。二度目の客の嗜好の差を、バーテンダーが見極めた結果の差違である。ぼくたちもまた、おたがいの好みを、あらためて確認した。
これはいい。宵が深まる手前のあたりで、同じカクテルのグラスを並べる。その場を共にする相手と自分と、ふたりの人間(三人でもいいけど)が、それぞれの思い、それぞれの満足、ときにそれぞれの不安を胸に畳んで、いまここにこうしている事実の重みを実感することができる。
バーテンダーの洞察力と力量に感嘆するのも、このときである。
それにしても、このバーテンダー、長村順二氏、なんと若い。27歳だと。フーッ(ぼくの溜息です)。
もっとずっと若いころ、ホテルのフレンチ・レストランに勤めていたという。ギャルソンに憧れ、「背伸びした」遊びが好きであった。仕事の後、北新地のあるバーによく通った。年輩のマスターは、若いとがった客のために、安くておいしいバーボンを用意した。「若くても、きちんとお酒を飲む権利があるんだよ」と言ってくれているようであった。
お酒の楽しさを教えられ、バーテンダーを志す。いつか店を持ったら、マスターの教えを「年下の子」たちに伝えようと、ずっと考えていた、という。念願かなって主(あるじ)になったいま、思うのは「ぼくのような子どもにきっちりやってくれた人のようになりたい」ということである。
黒目黒目した眼の、優しい顔だちをした長村氏、失礼ながら、この若さで、客の好みを知り、その通りの味を創ってしまう。
ダイキリの後に、マーティニへ行かないではいられなくなっていることまで、すでに読まれたのではないか。ぼくはそれをひそかに恐れていた。
〈大阪市中央区東心斎橋2-8-11 エーコービル1階 電話06-4708-0150 営業時間19時−翌5時 無休。シングルモルト1000〜、カクテル800〜、テーブルチャージ500〉
(1999.5)
YANAGASE(神戸)■
とある神戸のバーで、隣のOL風ふたりと、元気いっぱいの若いバーテンダーの会話を聞いた。それは、別のバーの暖炉が、きょうは燃えているだろうか、という話題であった。3月も半ばになっていたが、妙に肌寒い晩である。
3人の話しぶりが、とても楽しげで懐かしげで、ぼくたちは、日を改め、話題になっていた店に出かけてみる気になった。桜の蕾がほころびかける頃であった。すでにそこに炎はなかった。
暖炉のすぐ前の、低いテーブルに「予約席」の札が置いてある。聞けば、古くから来ている客が突然に現れたときに、たとえ満席でも座れるようにとの配慮だという。このYANAGASEは、いまから33年前の昭和41年、エープリル・フール当日に、「ほんとに開けるのか、嘘とちがうか」の冗談が飛び交うなかで、オープンした。
ところで、「予約席」には、冬になるともうひとつ別の意味加わる。
寒い街から入ってくる一見の客は、ドアを開けて、真正面に赤々と燃え上がる火にまず魅せられる。三宮の繁華街から坂を上ってこなくてはいけない場所である。やっとたどりつくのだから、当然であろう。それで、暖炉の前に座りたがる。そのうち今度は、あまりに火に近く熱くて我慢できなくなる。移りたいが、他には席がない場合、お手上げになってしまう。そんな「惨事」に客を遭わせたくないと。
初めての客も、馴染みも、ここでは分け隔てなく気に掛けられているのであろう。
60代のマスターがいて、30代のチーフがいて。チーフがカクテルをつくり、マスターは「手の込んでいない」ツマミを担当する。たっぷりしたハムのサンドウィッチがおいしい。それを言うとマスター、「そんなもの、上等なパンと上等なハムがあれば、なんてことないですよ」。そこへチーフが割り込んで、「あと上等の包丁と上等のまな板とね」
緊張して座っている初回の客にとって、早々と気持ちを楽にしてくれる店はありがたい。
そこへ、失礼ながら初老をかなり過ぎた女性が、ドアを押して入ってくる。気軽なワンピース姿で、カウンターに近づく足どりは、隣のおばちゃんみたいに何気ない。
「お久しぶり」「おお珍し」のカウンターの内と外。失礼ついでに、店内に流れるサックスの音が、この瞬間、きわめて不似合いに思える。
この女性、開店以来の常連で、坂のもっと上の住人という。やや間をおいて、同じ年頃の、今度は男性が現れる、こちらも、店とは30年の付き合い。偶然出会ったふたりのヴェテランは、無沙汰の挨拶を交わしつつ、揃って「予約席」へ。羨ましいような老いではないか。
ぼくたちも数多くの酒場を巡ってきたけれど、このような光景に接するのは初めてである。感嘆し、しばし言葉を失った。
〈神戸市中央区山本通1-1-2 電話078-291-0715 営業時間17時30分−24時 無休。シングルモルト1200〜、カクテル1000〜、チャージ(突き出し付き)1400〉
(1999.6)
北新地サンボア(大阪)■
夏のよく晴れた日の午後に「北新地サンボア」へもう一度行きたいというのが、いまのところの願望のひとつである。
新地の中央通りから、タクシー会社の広々とした駐車場を突っ切っていくのだ。花々をあしらったファサードに迎えられる。ドアを開ける。目の前に、シャドウ・ボクシングができるくらい広々とした板張りの床がつづいている。磨き込んだ床を踏んで、スタンディングのカウンターに行き着く。
初老の客がハイボールのグラスを傍らに、新聞を眺めている。午後3時の開店間もなくにきまって現れるだれだれさん。夕刻までにはまだまだ時間がある。神戸の老舗のバーが閉店するので譲り受けたという木造りの酒棚の、穏やかなたたずまい。かならずしも冷房のせいではない清涼感に包まれるであろう。
「初夏だったら、ミント・ジュレップかなんか」
「ああいいですね。ミントが匂う感じ」
「酔っても、外は暑い。夕暮れのなかに戻っていけば酔いがたちまちかき消されて」
37歳のマスター、連れとぼくと、三人が「夏の幻想」を共にしたのは、早春のころであった。
サンボアは由緒正しきバーの典型である。最初の店は大正7年にオープンした。昨年、創業80年の祝賀会を催した折りに関係者に配られた系図によると、分家や暖簾分けの結果、現在は京都と大阪に10店が散らばっている。「北新地」は、そのなかでもっとも新しく、平成6年10月からである。
と一応記すが、あくまで紙の上の知識であり、当方に実感があるわけではない。他のサンボアもいくつか訪ねたことはあるけれど、それぞれを比べてあれこれ言う資格などありはしない。
もっとも、若いマスターの率直な物言いからは、「昭和初期のアヴァンギャルド」として勇名を馳せたころのバーの心意気が伝わってくるように思えた。
「ウンチク傾ける前に、まずグラス傾けなあかん」
その口元から、浪花のロッキーこと赤井英和も腰を落としそうな、強烈なストレート・パンチが飛び出したのは、話がモルト・ウィスキーに及んだときであった。モルトに分け入り夢中になる、昨今のトレンドを評したのである。
連れは、思わずグラスを傾けかけたらしい。「おお、もう(お酒が)なくなってる。次なににしようか。こちらのお店の得意というかおいしいものは……」
「まずいの置いてるつもりはありません、とか言いたくなる」と、敵は、抑制を利かせつつ、あくまで正面から攻め込んでくる。
立ち往生しながらも、連れが応戦する。「それでは、ウンチクのないモルトにしましょう」
なんとかもちこたえた感じであった。
こういう店は、記憶に鮮明に刻みつけられる。いつかまた、夏の午後ふたたび。
〈大阪市北区曾根崎新地1-9-25 電話06-6344-5945 営業時間15時−24時(祝日は22時) 無休。スコッチ・ダブル1200〜、カクテル1100〜、チャージなし(8人程度の個室はルームチャージ10パーセント)〉
(1999.7)
BAR O2(神戸)■
神戸の夕暮れ時は、とてもいい。どこへ急ぐのか、さまざまに人の行き交う繁華な界隈にも、雑踏を感じさせない静寂がある。日が傾くにつれて、歩く速度がゆるやかになるみたいで、スローモーションの映像を連想させる。人影の輪郭はぼやけ、終いには残光のなかに溶けてしまいそう。
カーヴしていく東門筋の中ほどで、外から階段を上がり、檜の一枚板のカウンターに向かう。きょうはバーテンダーに委ねよう。とくに理由はないけれど、そう思った。バーでは、たいていの(全ての、ではない)気まぐれが許される。
ジンフィズ。「ジン系を」という、こちらの希望に応えて、これが出てきた。ふだんはまず注文することがない。おかげで新鮮な気持ちになる。このカクテルの向こうに、バーテンダー自身の、次のようなストーリーがあることが、話しているうちにわかった。
いまから10年前、安田勲生氏(現在30歳)は、ある有名バーに、バーテンダー見習いとして採用された。はじめは、ドアボーイとウェーターの仕事だけで、酒瓶にも触らせてもらえなかった。一年半後、やっとカウンターの内側に入るのを許された。
その店には「小さいカウンター」と「大きいカウンター」があった。安田氏がはじめ立ったのは、テーブル客専門の前者のほうである。しかしカクテルはつくらせてくれない。見ておぼえるだけ。ある日、店長が囁く。「ジンフィズつくってみろ」「でも、レシピわかりません」「教えてやるから」
なにも知らないグループ客のひとりの前に、その第一回作品は運ばれていった。飲んでくれるだろうか。祈るような気持ちで、手元を注視する。「結局、半分ぐらい残されました。女性の方で、お顔はもうわからなくなっていますが」
ソルティ・ドッグ。通常のステア方式ではなくてシェイクすると知って、連れがただちに注文したのである。安田氏は、先のストーリーのつづきを語ることになる。
「小さいカウンター」から、やがて「大きいカウンター」のバーテンダーに昇進した。やっと目の前の止まり木に並ぶ客を相手にできると張り切ったが、またも、先輩たちにはさまれながら、ただ見ているだけの日々。と、今度は客から指名がかかった。「ねえ店長、この子につくらせてよ、いいよね」
「それが、このソルティ・ドッグだったんですよ。少し年上の女性客で、お代わりまでしてくれた。うれしくて、もう。その方、いまもこの店にときどきお見えになります」
こんな風にして酒の記憶を貯め込むことのできるバーテンダーが、羨ましい気がする。
「バーっておもしろい?」
連れは例によって、唐突な質問をする。「同じカクテルでも、人によって好みがちがう。これがおもしろいところです。お客さんと長く付き合えば、好みの味に近づけるのではないかと。一生が勉強ですね。だからずっと現場にいたい。60歳ぐらいになっても」
腕におぼえの職人の話は、すがすがしい。
〈神戸市中央区中山手通1-5-6 中島ビル2階 電話078-393-1837 営業時間18時−翌2時(日祝は24時まで) 無休。生ビール700、スコッチ800〜、カクテル700〜、チャージ500〉
(1999.8)
酒司 飛鳥(京都)■
二年ぶり二度目の店で、うれしかったことと、がっかりしたことと、それぞれひとつずつある。
たっぷりしたジン・リッキーの深い味わいは、最初のときと少しも変わっていない。これはうれしい。ところが、高瀬川が見えないのである。心底失望する。
ここでは、止まり木に腰を下ろすと、正面に窓が開いている。その向こうに、かわいらしい川があるはずである。たしかに気配はする。対岸に並ぶ桜の枝が伸びてきて、窓に届きそう。しかし、浅い川床を這うように流れているであろう水は、目に入ってこない。
そんなことって。この前来たときは、たしかに見えた。「いえ、見えません」「私も見たことない」と、マスターと連れがこもごも、せっかくの希望の糸を断ち切った。おかしいな、見えたんだけどな。冷たい世間を恨みつつ、無念の思いを噛みしめる。
カタカタカタ。オニオンを刻む音が、開けて間もない、さっぱりと涼しい店内に拡がっていく。「ここに来たらこれだけはぜひ」と、連れがオニオン・カナッペを所望したのである。注文を受けてつくりはじめるなんて。いたく感激。ところが、「あらかじめ刻んでおくほどたくさんは出ませんから」と、思い込みはまたも一蹴され、これでは立つ瀬がない。
開店15分後、男の客がひとり入ってくる。すぐに、またひとり。彼らが並んだところで、女性客がひとり現れる。ふたりの先客たちを評して「あら、御神酒どっくり」
仲むつまじいふたりのことを言う、この表現、近ごろついぞ聞かない。バー仲間らしい3人はさっそく野球談義をはじめる。「巨人はどこがよろし?」「野村(監督)はどう思われます?」……マドンナの発する質問の数々に、男たちが丁寧に答えている。
このバー、はやくもエンジンがかかってきた感がある。お代わりのタイミングである。早いけれどマーティニをいただきましょう。常連3人の前にはアスパラガス。あれがおいしそう。こちらにもください。やがて、アスパラ登場。すると、
「ものすごいおせっかいですけど」
と、女性客が向き直って言いにくそうに。
「胡椒振ったらおいしいってこと?」
と、連れは敏感に反応する。
「たら、とは言わないけど、(振っ)てもおいしい」
「そんな気配でしたね、いま」
「ても、です。わたし、どうしよう」
よほど慌てたのであろう。この女性、脈絡なく大阪・西成の居酒屋の話を、この後ひとしきりした。しかし、それは気持ちのいい「差しで口」であった。
いつもの客とフリの客、カウンターに並べば横一線。分けも隔てもありはしない。一言二言声をかけあうのも浮き世のたしなみ。東京のバーにはあまりない類いの、くつろいだ気分に浸されていく。
川面のことは、もう忘れよう。
〈京都市中京区西木屋町四条上ル三筋目角 電話075-255-4725 営業時間17時−23時 第3水曜休み。スコッチ900〜、カクテル800〜、シングルモルト1300〜〉
(1999.9)
GASLIGHT(京都)■
窓の外は雨。川端通りの向こうは鴨川である。連れが、時計に目をやる。東京行き新幹線最終の時刻が頭をかすめるのであろう。電話が鳴る。受話器をとるマスター・バーテンダーは、ほとんど完璧な関東弁を話す。出身は大阪だが、東京で長く修業し、京都で仕事をするようになって9年になるという。
ぼくたちは、またこの店に来てしまった。ふるさとの訛り懐かし、の故ではない。言葉はどうでもいい、この際。問題は愛である。そう、この濱本博氏の、酒に対する愛情の深さは並大抵のものではない。
バーテンダーであればまず、酒瓶を大切に扱う。酒棚から取り出すときも、そこに戻すときも、静かに、ときに両手を添えて、優しく接する。それが、飲み手に対すると同時に、酒をつくりだす見知らぬ人たちへの礼儀だからである。
この人の場合は、動作がもうひとつ加わる。客の注文に応じて、酒を注ぐ。と、その使い終えた瓶を棚に戻す前に、胸に抱えるのである。まるで赤ん坊をそっとあやすみたいに、大事そうに。
この店の棚に並んでいる瓶を見渡すと、どれにも、一本残らず、キャップの部分に透明のテープが卷いてあるのに気づく。聞けば、実験室で使うラボラトリー・フィルムで、客の医師に依頼して購入しているのだという。こうしていちいち密封することで、酒の香りが逃げるのを防いでいる。
注文毎に、新しいテープを卷き直す。で、「テープをちょうど卷き終わったところで、それお代わりって言われる、優しい優しいお客さんも、なかにはいらっしゃる」ということにもなる。
酒へのいたわりは、しかし、味へのこだわりに向かって尖っていくことはない。むしろ逆に、客のわがままを最大限許容したい。「100人に100のレシピ」があるという、ある先輩バーテンダーの考え方に共鳴する。
だから、「お客さんの望むものをつくれるバーテンダーになりたい。有名なカクテルを注文したいけれど、自分には合わないみたいという人には、好みのほうに合わせたい。その結果、別の名前のカクテルになっても、それはそれでいいではないか」と考える。
客の満足を追い求める、連れの言う「開かれたバー」である。
たとえば、若い(年寄りでもいいけど)男女の客がカウンターに並ぶ。揃って、ソルティ・ドッグを、と言う。それでも、まったく同じものがふたつ出てくることは、ここではない。女性のほうは、グラスに付ける塩がピンク色をしているであろう。和菓子店などで手に入れた色粉で、何色かの塩をつくっている。
「京料理って、目で楽しむ面があるじゃないですか」
はじめて京都の話題が出たところで、ぼくたちは、席を立たなくてはいけない時間になっていた。心安く受け入れてくれるバーがいちばんである。どこの土地であろうと。
〈京都市東山区縄手通新橋上ル西側 電話075-525-2008 営業時間18時−翌3時 不定休(隔週月曜)。スコッチ800〜、カクテル900〜、シングルモルト1000〜〉
(1999.10)
ザ・スリー■
ガーッ、ガーッ、ガーッと、スクィーザの音が、いやにうるさい。話し声が、ちぎれとびそうである。カウンターの客の目の前で、堂々と絞っている。もっとも、こうしないと客のほうが承知しないのだから、仕方がない。どこで絞っているのかわからないようでは、おいしく感じられないと言って。
ここが開店したのが、昭和45年。そのときから数えて、このスクィーザは四代目で、ドイツがまだ西ドイツだった十数年前から、ずっと働きつづけているそうである。
ウォッカ・カクテルのソルティ・ドッグに使うグレープ・フルーツだけを、これで絞る。このカクテル一杯に半個分のフルーツというのが一般常識だけれど、ここでは一個まるまるだから、ガーッ、ガーッも、いっそう念が入っているわけである。
店の不文律がある。客はだれでも、はじめてでも常連でも、警察庁長官であろうと泌尿器科のドクターであろうと、まず最初の一杯はソルティ・ドッグにしなければならない。他の注文はガンとして受付けない。
ところが、「義務」であるはずの一杯だけではやめられずに、つい次も「同じもの」になりがちなのが、困る。あげくは最高連杯記録17という。そんな風だから、始終ガーッ、ガーッの道路工事状態になっているという次第である。
そうしながらも、オーナー・バーテンダーの岩崎利之氏は、ほとんど間断なくしゃべりつづけている。「黙っていると、病気か言われるから」
かくて、フロリダ産グレープ・フルーツのジュースに、ごく目立たないブランドのウオッカ、ありふれた食卓塩を縁に付けた、10オンス・グラスのマジックが、この騒乱をくぐりぬけて、手元に届けられた。
日本のソルティ・ドッグは、このバーから広まり、やがて全国化した。だから、このプロセスには価値がある。
……とは言え、好奇心が頼みのぼくたちとしては、その名声を讃え、たしかな味わいを十分に堪能させていただくだけではなくて、その先へ、栄光に包まれたカクテルの向こうへ一歩だけでも進んでみたい。
まさか、勧められるのはソルティ・ドッグのみ、ということはないでしょ。まだなにか別のものがあるんじゃないかな、きっと。
やっぱりありました。
得意のグレープ・フルーツとオレンジと、二種類のジュースをラムに混ぜてしまう、華やかなラ・フロリダ・ダイキリ。
そして、ベースにテネシー・ウィスキーのジャック・ダニエルズを使い、ガーニッシュとしては、生の山形産サクランボ(「これが手に入らないときはなにも付けません」)という、絢爛のマンハッタン・テネシー・スペシャル。
戦い終えて振り返り、連れ曰く「薄らっぽいものが多いきょうこのごろ、こちらのは、どれもみな、どっしりしっかりしていた」
お酒を飲むことの醍醐味が伝わってくる。
〈神戸市中央区中山手通1-2-7 ゴールデン会館東入口1階 電話078-321-3315 営業時間18時30分−23時30分 日曜休み。ソルティドッグ900、カクテル900〜1000〉
(1999.11)
YASUDA BAR■
ノーベル賞を受けたアメリカ人作家アーネスト・ヘミングウェイは、ジン好きで知られていた。マーティニもギムレットもよく口にしたが、アフリカの荒野で猛獣を追いかけているときには、そんなアーベイン(都会風)な飲み物たちは、さすがに似合わない。
そこで、ジンとカンパリを混ぜ、これをソーダで割る。最近出版された遺作(と言っても息子が編集したものだが)『ケニア』には、テントに暮らし、ライオンを待ちながら、妻のメアリーと一緒に、このカクテルを楽しむシーンがよく出てくる。
北新地を見下ろす三階のカウンターに座り、この幻のカクテル「ケニア」(勝手に命名してしまった)を試したくなる。口に出すと、丁寧につくってくれた。そのうえで、店をはじめてから12年のベテラン・マスターは、こんな批評をした。「ソーダより水がいいでしょう。そのほうがジンの香りが立ち、カンパリの苦味がよく出るから」
なるほど、そうですね。たしかにこれでは甘すぎる。
ヘミングウェイもほんとうは水にしたかったけれど、現地の生水が飲用に耐えないので、仕方なく、持参のソーダで代用したのではないか。
この次は、ぜひ水で割るほうの「ケニア」を。ぼくは、またきっとここに来ることに決めている。ベテランの律儀な姿勢に打たれるからである。この人の律儀を裏づける証拠は山ほどあるが、たとえば──
*強い酒の場合は、かならずミルクを付ける。
*故郷に近い丹波の黒豆を取り寄せて、客に供し、「ふるさとは遠きにありて思うもの」と懐かしむ。
*いつも(ぼくはこれで三度目)、ちがう模様のヴェストを着用しているのに、手持ちのヴェストは3枚きり、と言い張る。
*余計なしゃべりは一切ない。とくに、微妙な関係の男女には、無言。
*「心の鏡がほしいね。心は見えないから」「相手のいいところはなかなか探しにくいが、いやなところはよく見える」「一日しかないと思うな、あと一日あると思え」などの金言をすらすらと言える。
*「私には、ひとつの目標がある。その高い山を目指して日々がんばっている」と宣言する。
*客の話に耳を傾ける。参考になることは、かならずノート(特別な名前がついている)に書き込んで、しばしば参照し、勉強を怠らない。
挙げると尽きないが、ひとまず、このくらいにしておこう。
カクテルの手腕を誇るでもなく、希少価値の酒を自慢するでもなく、淡々と、恵比須さんのような笑顔を浮かべつつ、狭いカウンター内を蟹歩きするベテランとともに、大阪の夜が、きょうも更けていく。
〈大阪市北区曾根崎新地1-6-6 大川ビル3階 電話06-6341-1069 営業時間18時−翌2時 日祝休み。スコッチのダブル800〜、カクテル1000〜、ビール800〉
(1999.12)
▼東京のバーについては、『東京のBAR』(枝川公一著・プレジデント社)に、80軒あまりがリスト・アップされている。また、カクテルの王様マーティニを完成させたバーテンダーの伝記『日本マティーニ伝説』(枝川公一著・小学館文庫)もある。