![]() バーテンダー、吉田貢さん |
![]() バーテンダー、毛利隆雄さん |
大物バーテンダーふたり、並び立つ■
銀座には、バーは一軒しかない。冗談じゃない、日が暮れれば何百というBAR看板がネオンにキラキラと浮かび上がるではないか、と言われるかもしれない。たしかに。店はたくさんある。しかし、その全てが街に包み込まれ、ひとつの巨大なバーを形づくっている。
このたった一軒に名前をつけると「バー・ギンザ」とする他にないであろう。銀座のすべてのバーは「バー・ギンザ」の別間だったり離れだったり。
他の街にはない銀座のバーの性格をよく表わす店が、並木通りにある。「Y&M バー キスリング」という。エコール・ド・パリの画家、モイーズ・キスリングからとったネーミングで、店内には、彼による少女像も飾ってある。
このバーの秘密は、しかし、Y&Mという「暗号」のほうに隠されている。Yは吉田貢、Mが毛利隆雄、それぞれの頭文字である。吉田さんは、マーティニづくりで一時代を築いた名バーテンダー、今井清の技の継承者として知られる。毛利さんは、どっしり重いジンを零下20度から目覚めさせる、独自のマーティニなどに定評がある。
看板バーテンダーふたりが、日を変えて、あるいはときには揃って、カウンターのなかに立つ。毛利さんの場合は、近くにある自ら経営する「毛利バー」との間を行き来するので、客たちは、バーテンダーを追い、店を移動しつつ、好みのカクテルを楽しめもするわけである。
吉田さんの話では、「たまたまふたりが一緒にいると、仲間数人でいらっしゃるお客さんなどは、毛利と吉田とに分かれて注文されることがありますね」という。他の街では考えられもしない贅沢である。
カクテルの色に漂う「大人」■
ところで、銀座の「飲みもの文化」の源をたどると、明治中期にはじまる「資生堂パーラー」に至る。日本で最初のソーダ・ファウンテンとして、ソーダ水やアイスクリームを提供した。いまから32年前、ここのレストランにウェーティング用のバーが設けられた。このときバーテンダーに迎えられたのが、当時28歳の上田和男さんである。
以来ずっと、上田さんはカウンターのなかから銀座と付きあってきた。いまは、西銀座通りのバー「テンダー」のオーナーである。「銀座は大人の街なんだから、まず街を知り、街に興味を持って、それから、さあどこへ行こうかと考えてほしい。それが、銀座のバーとのベストな付き合い方です」と言う。
上田さんは、バーテンダー仲間では、ハード・シェークという、強く激しい腕振りのシェーキングで有名である。しかし、あまり知られていないのが、そのカクテルの色合いではないか。なにをつくっても、華美な原色ではなく、淡いパステルカラーに仕上げる。そこに「大人」が漂う。いかにも銀座と思わせる。
カクテルづくりは、それぞれの作り手独自の、見えない技法によるから、説明してわかるものではないけれど、この色合いの秘密を解説してもらう。
「シェーカーのなかで色をつくるのですね。シェーカーをパレットのように使って、材料を混ぜ合わせ、結果、まったく別の色を出します」
ただし、穏やかな彩りを「真に受け」、その気で口にすると、この名手のカクテルはひどく強いことがよくある。心して飲まねば。
上田流に銀座をイメージしたオリジナル・カクテルをつくるとすれば、どうなるか。この街のシンボルのひとつ、柳の緑をイメージして、わざと「古くさい」材料を使い、あえてクラシックに仕上げたいという。
街をグラスのなかにどう閉じこめるか。銀座のバーテンダーたちに競作してほしい気がする。
モルトだったら■
銀座キャリア三十年余の上田さんに対して、大川貴正さんの場合は、泰明小学校向かいの路地で、モルト・ウィスキー主体の「ヒース」を開き、足かけ四年である。もっとも、街に溶け込んでいる点では、先輩と変わらないかもしれない。
夕方になるとトラックで街にやってくる、引き売りの果物や野菜を買い入れ、お腹の空いた客には、サンドウィッチの店に電話をして、気軽に出前を頼む。
「銀座は同業の店同士の関係が密で、お客さんを紹介し合います。お客さんのほうもみんなハシゴ好きで、ぐるぐる街のなかを回るのが楽しそうです」
大川さんは、20年前、日本では初めての「モルト・バー」を中央線の国立で立ち上げた。モルトブームの草分けである。国立の店も健在だが、取りたててモルトの注文が多いわけではなく「ご近所バー」として親しまれているという。
ところが、満を持して出店した銀座の店は、客の八割がモルト狙いである。だから、相当珍しいボトルも揃っている。モルト好きたちは、背伸びをしながら棚の奥の酒瓶を調べ、あれだこれだと言い合うのが楽しそうである。
ひとり、路上にたたずんで■
さて、友人知己と街をめぐり、バーを訪ねて、銀座を堪能した。「じゃ、そろそろ」と、別れる。ひとりきりになると、このまま帰るにはいかにも惜しいという気持ちが残る。一息入れ、呼吸を整えるのに好都合の場所はないかと、路上にしばしたたずむ。
このようなシチュエーションに好適な店に、窓から西銀座通りを見下ろせる「R」がある。店内は明かりを極端に落としてあり、「お化粧のりに自信のない日はいいかな」とブログに書いた女性もいるくらいである。
オーナー・バーテンダーの森勝宏さんは、銀座でバーテンダーになったときから数えて、20年になる。
「私は、お客さんに興味があるのです」
と言う。銀座には、さまざまな人たちが集う。年齢もまちまち、生業もいろいろ。他の繁華街に比べて、その入り交じり方がずっと激しい。
できるだけ多くの人に満足をしてほしい。そのためのサービスには、年季が要る。経験を積んで、身につく。
初めての客には、なにを望んでいるかを知ろうと、その所作や目線に、それとなく気を配る。安心してゆっくり飲んでもらうことを心がける。
店に慣れている客の多くは、「テーマを決めてくる」という。たとえば、シガーを一本持参して、それに合う飲み方をしたいと。このバーテンダーを信頼しきっているのであろう。
「おこがましい言い方になりますが、ひとつでも記憶に留めて帰ってもらえれば幸せです。翌日になって、あれおいしかったな、と思い出すようなものをお出ししたいと」
銀座は、細やかな神経が張り巡らされている街である。
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■■ここに登場するバー Y&M Bar KISLING TENDER Bar HEATH Bar.R |
★[2005.11.21.]
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