★えーっ、バーで焼酎ですって?
虚心坦懐■
当方、バー好きの物書きである。モルトやカクテルを味わうことにかけては、人後に落ちないつもりではいる。ところが、一夕、掛田勝朗という酒屋の主人に、西麻布のバー「EN-ICHI」へ拉致され、「そういうあなたは了見が狭い」と意見された。
カウンターに並んで座らされ、一驚した。正面の酒棚には、筆文字鮮やかな、見知らぬ銘柄の瓶ばかりが並んでいる。焼酎と泡盛が、そのほとんどであるといるのである。
冗談じゃありませんよ、掛田さん。あなたは、二十数年前から小さな蔵を訪ね歩いて伝統の焼酎を掘り起こしてきたと言われるけれど、バーに来て、どうして焼酎と付合わなくてはいけないんです? それもこんなに。(聞けば300種類以上)
「掛田商店」店主は、泰然として微かに笑みを浮かべるだけで、代わりに、ここの店長、小松政仁氏が話を引き取った。
「最初にいらっしゃるお客さんは、たいていそう思うでしょうね。焼酎はほんとうにおいしいとわかってもらうのが先決です。まず口当たりのいいのを、ウィスキーやバーボンのようにストレートでおすすめする。バー・カウンターは、焼酎はお湯などで割るものといった既成観念を崩すのに最適なんです」
こう言われてはもはや抵抗できない。(別に抵抗することもないんだけど)
いつの場合も、お酒をおいしく味わうのをもっとも邪魔するのは、悪しき既成観念あるいは偏見だからである。当方、虚心坦懐、江戸切り子のストレート・グラスに向かうことにします。掛田さん、小松さん、どうぞよろしくお願いいたします。(なんて素直なんだろ。)
焼酎バー「EN-ICHIの店内
浅学非才■
熊本・人吉の「寿福屋 作衛門」を一口、頭に浮かんだ表現がある。そんな言い方はどこにもないのだろうが、これはまちがいなく「ジャパニーズ・モルト」である。刺すような刺激がしばらくわだかまり、しだいに甘みがしみだしゆっくりと拡がっていく。強さから繊細さへと、この連続感が、ラガブーリンなどアイラ島モルトへの連想をかきたてるのである。
焼酎に、これだけの深みがあるとは、浅学非才、つゆ知らなかったことを深く恥じる思いであった。
15年の長期熟成だという。焼酎の場合、ウィスキーほど「熟成」の考え方が重視されなかった。その製造の歴史をたどれば室町時代の末期にまで遡るけれど、旨味を出すことに努めるようになったのは近年のことである。
「日本の焼酎はスレンダーで、縦の味が主だったのです。すっとして直線的。
グラマーな感じがしない。そこで、味のふくらみ、厚み、深みをだそうと。横の味ですね。こうして縦横のバランスのある品を目指しているのが熟成酒です」
という掛田氏の話が腑に落ちる。小さな蔵を中心に、数年から十数年の長期熟成酒が少しずつ登場している。大々的に売られるものではない。ごく一部に流通している。したがって、それなりの価格にもなる。
バーでじっくり飲み比べながら、客が自分の好みを見つける、モルト風な楽しみ方のできる焼酎が揃ってきたということでもあろう。
すすめに応じて、熟成酒の杯を重ねる。つい手が伸びる。
同じく人吉の「第十一代又助」は、米の旨味がとろっとした軽快感を生んで心地よい。「櫻井12年」は鹿児島の芋だそうだが、沈んだ香りといい、清涼感といい、これほんとうに芋ですかと訊いてしまったほどである。
もう30年以上も昔になるが、鹿児島港を船で発って南の島へ向かったことがあった。あのときの青々とした海の記憶が蘇ったのは、奄美の黒糖焼酎「龍宮」が、舌の上に転がったときである。暑い海、カリブのレゲエ、イマジネーションは勝手に飛んでいく。
支離滅裂■
そして、発売間もない芋焼酎「純芋」で、ドンデン返しが来た。
凄いですね、芋の原酒は。がらっと空気が変わりましたよ。これでもう一度はじまるみたいですね。
この支離滅裂な発言に、酒屋の掛田氏は、当惑の表情を浮かべたけれど、それを気にかける余裕を当方すでに失っていた。「純芋」のネーミングの示すとおり、通常の米麹を使わずに、はじめて芋麹でつくったという。全部芋。辛い。胸のあたりまで辛みの刺激が行き渡る。
その迫力に背中を押されるようにして、さらに芋焼酎の原酒「風に吹かれて」(とくれば、ボブ・ディランだけど、なんか関係あるのだろうか)に手を伸ばす。苦味が喉を通り抜ける充実感に、思わず震える。
焼酎という酒のそらおそろしい拡がりが、おぼろげに実感できる。焼酎ワールドは一筋縄ではいかない。ここで終わりということがない。いつの間にかスタートラインに戻って、新たなレースがはじまるかのようである。
原酒につづいてはハナタレ(蒸留の最初に出てくる初留部分)。これはまた別の蒸留酒を思わせる。舌先においしさが踊るような「げん露」は、フルーティな香りに溢れて、掛田氏は、柄にもなく(失礼!)「少女のような初々しさ」なる名言を吐いた。「ちびちび」では脂分が白い塊となって瓶のなかに浮遊する風景も面白く、たちこめるバニラ香に浮き浮きする。
この日最後の一杯となるハナタレ「杜氏 絹子」を口に含むと、きょうの「旅路」のはじまりが思い出された。最初の一口に通じる甘みと華やかさ。奇しくも、最初と最後は同じ蒸留所でつくられた酒で、この業界では珍しく女性杜氏であるという。
ここまで来て、酒棚を占める圧倒的な数の筆文字銘柄の意味が了解できた。どれをどんな順序で試すかで、その日の経験が一変する。バーに於ける焼酎の快楽は、この千変万化の「旅」を満喫するところにある、と。★
(『dancyu』誌2001年7月号掲載原稿に加筆)
●EN-ICHI 東京都港区西麻布4-10-3 ヴィラ麻布ビル1階 電話03-3499-0233 営業時間11時30分-14時30分、18時-翌5時30分 日曜休み。
●掛田商店 神奈川県横須賀市鷹取町1-126 電話0468-65-2634 営業時間9時21時 月曜、第3日曜休み
<焼酎バー「EN-ICHI」のメニューから>
寿福屋作衛門 麦41度 熊本・寿福酒造 タンク貯蔵 60ml 1000円
第十一代又助 米36度 熊本・高田酒造、瓶貯蔵 60ml 800円
櫻井古酒12年 芋25度 鹿児島櫻井酒造 タンク貯蔵 60ml 400円
かめ仕込み8年貯蔵 黒糖38度 鹿児島・富田酒造場 樽貯蔵 60ml 800円
国分純芋醸酎 芋32度 鹿児島・国分酒蔵 60ml 400円
風に吹かれて 芋40-41度 鹿児島・塩田酒造 60ml 800円
げん露 芋44度 鹿児島・佐藤酒造 30ml 600円
ちびちび 芋44.5度 鹿児島・西酒造 30ml 600円
杜氏きぬ子 米44.2-44.9度 熊本・寿福酒造 30ml 1000円
(2001.7.2.)