★バーテンダーをリスペクトする理由

 バーテンダーへのリスペクト。これがバーと付きあう場合に、客の側に要求されることの一番ではないか。この気持ちがないかぎり、どんなに頻繁にバーへ通おうと、酒の知識にどんなに通じていようと、ひととおり以上の面白さ、楽しさを味わうことはできないであろう。

 bartender という英語を分解してみよう。bar-tend-er となるであろう。バーを tend する人ということである。tend には、「番をする」と「世話をする」という意味がある。つまり、酒場と酒の番をし、酒場にやってきてくれる客の世話をする。これがバーテンダーの仕事であり、ミッションである。

 いまはあまり聞かなくなったけれど、かつてバーテンという差別的な言い方があった。犯罪報道で、犯人は「バーテン風の男」などとあれば、ハナから悪いヤツにちがいないと思い込んでしまう。バーテンダーをバーテンと言うのは、大変な失礼にあたる。それだけではない。バーテンという言葉は本来の英語表現にはないわけである。言葉としても間違っている。

 ぼくたちは、バーテンダーを介して酒場に席を占め酒を手にしてはじめて、客として認められる。バーテンダーは、酒を扱うばかりでなく、客と語り、音楽を選び、ライトを調節し、バーという空間と時間とを仕切る指揮者である。

 客とバーテンダーの間にはカウンターがある。バーテンダーは、ひとりひとりの客のために酒を選び、あるいはカクテルをつくってくれる。これだけでも、大量生産、大量消費の現代では希有なことである。しかも、客の好み、要望を聞き届け、それに沿う酒を提供しようと努める。

 だから、甘い辛い、アルコール度数が強い弱い、酸味の好き嫌い、とか、客はどんどん口にしていいし、そうすべきなのである。バーテンダーは、それらの全てを資料にして、頭のなかの「味のファイル」からぴったりの品を選び出すことになっている。

 行きつけにしている店であっても、さてきょうはなにを呑もうかと、最初の1杯に迷うことがよくある。そんなときも慌てたり、考え込んだりすることはない。「きょうは忙しくてね、すっかりバテた」「なんか風邪気味」「ゆうべの酒がまだ残ってるよ」……

 ……なんでもいい、心に浮かぶヨシナシゴトをつぶやけば、バーテンダーのサーチエンジンはただちに検索を開始し、いまこのときに最適の1杯(いままでに見たことも聞いたこともあるいは口にしたこともないものかもしれない)が、目の前に置かれるであろう。こうして今宵もまた、酒の荒野への冒険がはじまるわけである。

 せいぜい幅70センチあまりのカウンターをはさんで、これら全てのやりとりは進行する。したがって、バーでテーブルに座るなど、言ってしまえば、愚の骨頂ということにもなる。

 酒を最上の状態で飲むためにも、テーブルは避けたい。ショートカクテルを注文して、バーテンダーがシェーカーを振るなりステアするなりして、目の前の客にグラスを押し出したら、間髪を入れずに一口。これがマナーである。ところがテーブルという遥か遠隔の地では、トレイで運ばれる数十秒の間に、カクテルは劣化をはじめている。これでは意味がない。やや大げさだけれど、そういうことである。

 カウンターが満席だったら、せめて言うべきなのだ、「空いたら移らせて」と。テーブルはせいぜいウェーティングに利用する。

 バーテンダーと客は、ぴんと張った一本の線で結ばれているようなもので、その糸がたわまないように、連れ立ってくるのは3人までが限度である。それ以上になると、客のほうがばらばらになって収拾がつかなくなる。そこで、4人以上もテーブルへ、ということになる。

 さて、ぴんと張った糸の先の操り人形。これが客の最上のありかたと思えばいい。バーテンダーは、人形たちを踊らせたり、芝居をさせたり、ときには眠らせたりもする。時間の経過につれて入れ替わり立ち替わりするから、人形の顔も形も変わっていく。一筋縄ではいかない。

 もっとも、客のほうは気楽なものである。バーテンダーに自分を委ねきり、長い夜を漂う。そのうちに、まるで自らの意思で注文し、口に運び、酔っていくみたいに錯覚する。こうして、至福の域に達するのである。人形がまるで人間のごとく振舞う。夜更けの酒場は、マリオネット劇の劇場さながらである。

 もっとも、いかに優れた人形つかいでも、操れる人形の数には限度がある。この場合、二桁になると番をするにもお世話をするにも、なにかと行き届かない。そこで、10体までの人形、いや10人以内のカウンター客に対してひとりのバーテンダー、これが「適正」なバーのありかたではないか。

 さて、バーの真実をここまで明かせば、バーテンダーをリスペクトする気持ちがふつふつと涌いてくるのでは? まだ涌いてこない? それは問題だと言わねばならない。さっそくバーへ出かけていくことである。

[2005.2.18.]


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