★バーのカウンターでウィスキーを飲むこと

 バーのカウンターに座って、自分好みの酒を心ゆくまで味わう快楽は、日本人が新たに発見した贅沢のひとつである。バーテンダーの背後の酒棚には、さまざまな酒瓶が並び、客の望み通りに、どんなカクテルでもつくってくれる。
 寿司屋で、「ダルマ」という通称の有名ブランドがずらっとボトルキープされ、バーへ行けば、一も二もなく水割りときまっていた時代ではなくなった。「味のきつい」ウィスキーを敬遠して、カクテルへ行くこともできるようになった。しばらく前までは、「なにかカクテルを」とバーテンダーに勧められて、「そんな女みたいなもの飲めるか」と憤慨するおじさんもいたわけだが。
 そんな現在、ウィスキーはどうなっているか。
 銀座8丁目に、「ウィスキーに魅せられてバーテンダーになった」と明言する長谷川治正氏の「モンド バー」がある。ここではいまも、4割の客がウィスキーを注文する。
 長谷川氏は、20代の頃、洋書店でスコッチの本を買い求め、普通の辞書に出ていない専門用語と格闘し、先輩に教えを乞いながら学んだ経験がある。憧れのスコットランドに簡単に行けるようになったいまでは、蒸留所に出かけていくとかならず、当所の酒の仕込み水をもらう。これで割って飲む味わいが格別なのである。
 一度でいいから、原酒を合わせて、自分印のブレンデッド・ウィスキーをつくりたい。「自分の名前がブランドになる。そんな気持ちのいいことはない」と言うバーテンダーにとって、おいしさの決め手はバランスである。原料の特徴を生かしきる手際にこそ感動する。
 同じ銀座8丁目にある「バー ムサシ」の武蔵昌一氏は「好きでウィスキーを飲む人はむしろ増えている」と話している。選んで、こだわって、飲む。それが、どんな酒でも楽に手に入る今の味わい方である。
 まずはじめは、クセの強いのから入る。かつてのようなブランド信仰はまったく消えている。スコットランドのアイラ(アイレイとも言う)島産のモルト・ウィスキーなどが代表例で、一口、ヨードチンキのような臭みがある。なんだこれは、と首をひねり、いろいろ試すうちにウィスキーの海にはまっていくのである。
 結果、どこへ行き着くのか。客と共に味の彷徨をつづけてきた武蔵氏に、見えてきたものがある。「ウィスキー好きとして言えば、いままではいろいろなものを加え、豊満になってきたけれど、これからは、さっぱりした味わいで、ぐいぐい飲めるタイプが主流になるのではないか」
 新しいくつろぎの場としてのバーにふさわしいウィスキーとはいったいなにか。その模索がはじまっているのが現在である。★
 (産経新聞2001年4月4日夕刊に掲載)

  ウィスキーについては、小著『東京のBar』(プレジデント社)に収録されている「ウィスキーの“正しい”嗜み方」が参考になるであろう。なお、この本には、文中の「モンド バー」に関するガイドもある。

2001.4.9