次ページへ
南大塚萬重宝最新号

南大塚萬重宝バックナンバー(2010.1〜)

 

No.97/2010年6月1日号

ヘッドラインニュース

荒川線大塚駅前電停に、沿線の人々の作品を展示する『ふれあいコーナー』というスペースがある。幼稚園児や小学生の絵が殆どだが、好きな給食の絵がドッサリ並ぶ様子は、なかなかにファンキーだ。ただ惜しむらくは展示方法が甘く、日が経つに連れて絵が落ちてしまうこと。ガラス越しだから地面に落ちることはないが、もう少しカッチリ飾って欲しい。

その都電が大塚から巣鴨新田に向かう途中の直線部分は、沿線住民がアバウトに植えた草木が、アバウトに育っている。線路に敷かれた砂利部分と道路際のガードレール沿いに敷かれた土部分の境目は、砂利が流れ出さないようにコンクリの板で仕切られている。その板と板を繋ぐジョイントに、使い古しの線路が刺さっている。カタカナのエの字に似た形が、大きさも幅もピッタリだ。

旧ガン研通りにある北大塚ビルが、いよいよ取り壊される。現在は蔵王というラーメン屋が入居するのみだが、小劇団御用達のジェルスホールやダンス教室オバジェンヌがいて、時折様々なテナントが話題を振りまいたビルだ。建物の裏側にある更地と合わせて、マンションが出来るという。三浦友和もライブをした老舗・ジェルスホールの袖看板との別れの日も近い。

工事開始といえば三業通りの中程、最近1階のコンビニがファミマに変わった金春湯の斜前の、広い更地に工事の囲いがついた。11階建てマンションが出来るとか。さんもーる大塚の奥、桂文治師匠筆なる看板が目印の『幸味亭』が引っ越す前の場所も、『日立プラント』跡地もマンション建設が進んでいる。そんなに人気なのか大塚?まぁどんどん住んで下さいまし。

大塚図書館おじさん物語

 南北大塚に図書館はないが、最寄りの『巣鴨図書館』は、大塚エリアの文化的支柱である。林家こん平師匠宅にも近く、北大塚屈指の住宅街にある図書館は、前庭付きの戸建て3階建てで、区内でも古い方であろう。建築探偵は絶対やって来ないだろうが、それなりの風情をたたえた建物だ。かつては地下に、それはそれは渋い食堂があったのだが、とうの昔に閉店。しかし前庭の謎めいた池のオブジェが、その特異性をいかんなく示す。

 午前9時の開館前、前庭でうろうろするのは、十中八九おじさん。ぼんやり煙草を吸うのも、iPadでも売るのかという真剣さで玄関前で中を窺うのも、う〜ん大丈夫か? というドッサリ荷物を建物の隅に置くのも、みんなおじさん。朝の『巣鴨図書館』は、おじさんのオアシスなのだ。

 さぁ待ちに待った9時、三々五々散らばっていたおじさんは、どんどん吸い込まれていく。その殆どはカウンターにも1階書架にも目もくれず、すいすいと階段を登っていく。そう、閲覧室の確保だ。6人掛けのテーブルに漏れなくひとりずつおじさんは陣取る。もしくは書架の真ん中にあるベンチに落ち着く。そして新聞だ。

 おじさんは新聞を読みに来る。中には週刊誌を読む人もいるが、いきなり書架を探すおじさんはあまりいない。テーブルにどんと新聞を広げ、読む人もいれば寝る人もいる。すぐに寝なくても、読んでるうちにコックリコックリする。すると鼻の差で新聞をゲット出来なかったおじさんが、書架を整理する係の人に訴えるのだ。「いつも寝てるのに」とか「置きっぱなしで外出する」とか色々。

 そのうちに本を探すおじさんが来始める。おじさんはあまり自分で探さない。いきなりカウンターで質問攻めにする。歴史に関する質問が多いようだ。運良く見つかれば、2階へと向かう。2階は二重窓になっていて、障子紙を貼った建具、が室内の雰囲気を和らげている。和紙が優しく遮る初夏の日射しの中、大多数の新聞おじさんと、ごく少数の専門書おじさんは、『巣鴨図書館』の2階で朝一の極楽を味わうのであった。

編集後記

去る5月15日に決行したペンギンクラブのライブの際には、多くの皆様に御来場賜り、誠に有り難う御座いました。酸欠一歩手前の大混雑と大音響で申し訳ありませんでした。これに懲りずに、どうか暖かい目でご贔屓頂きますようお願い致します。年内には同じ庚申塚スタジオ・フォーにて、ウクレレブラザースのライブを企画中です……って、本当に懲りてなくてすいません。


No.96/2010年5月1日号

ヘッドラインニュース

南口さんもーる大塚のシマダヤは、100円セールなどもする侮れないスーパーだ。お勧めはパイナップル。やや小振りだがいつも安く、しかも今まで味に外れたことがない。でも10時きっかりにならないと開店しない律儀なスタイルは、いつまで経っても変わらない。因みにシマダヤを大塚店しか知らない者が日本堤に行くと、その大型店振りにビックリしてしまう。

錦糸町行きのバス停がモダンに綺麗になって久しいが、いつの間にか上野公園行きのバス停も新調されている。しかも風除けのようなついたても出来て、都営交通のポスターと思しきカラフルな蝶々が舞っている。田舎のバス並みの本数しかない路線なのに、破格の扱いだ。それに引き替え池袋東口行きバス停は、システム上滅多にバスが来ないとはいえ、その置き去りにされた寂しさは悲しい。

旧ガン研通りと千川通りがクロスする手前の右側に、八重桜が植えられた花壇がある。膨らんだ歩道の真ん中で島状態に作られているが、問題は雨降りの日。花壇と建物の間の歩道が、やたら水浸しになるのだ。少し強い雨が長く降ると、靴の踵を上回る水溜まりが出来てしまい、迂闊に通ると靴下までグッショリ。ほんの数メートルだが要注意ポイントだ。

北口商店街の脇に、ジュレップというソウルバーが出来た。60年代から80年代のソウル、R&B、ファンク、ディスコミュージックも流れる、大塚では異色の店。しかも同じビルの1階には、町一番の老舗バー・三番倉庫が控えている。それもそのはず、三番倉庫のマスターが出店したのだという。マスター若かりし頃、ソウルミュージックでブイブイ言わせたのかどうかは不明。

大塚やや東池袋物語

 池袋を過ぎた川越街道は春日通りと名を変え、小石川から上野方面に走っている。荒川線向原電停から地下鉄新大塚駅までの春日通りを挟み、左側は南大塚で右側は東池袋。かつて左側は話したので、今回は右側の道沿いを舐めながら歩いてみよう。

 とば口にそびえる高層マンションの威勢を思い切り削ぐのが、放置された『元中央図書館』。資金難な豊島区が豪華な図書館を作り直した理由は知らないが、いつまでこの哀しい姿を曝すのだろう? 凹んだ気持ちは『さんげん』の景気回復宴会コース2980円で戻そう。ついでにご近所さんが集う自家焙煎コーヒーの『冨久豆』で、豊かな風味に身を包もう。店で売る豆は、注文を聞いてから焙煎するこだわりに、満足満足。

 何故か頭にタコが乗って迷惑そうな笠間焼きのタヌキにエールを送り、ビルの1階なのに老舗の佇まいを見せる喫茶『カプリ』に心を寄せつつも、「日本橋から7.2キロ」の標識を過ぎ、ひょいと路地を覗くとガラス張りの謎めいた部屋。何だろう? と思ったら、防犯モデルハウスだった。

 続くのは2軒のスーパー、小綺麗で大手系列の『フーデックス』と、何でも置いちゃうぞ系の『スーパージャンボ』の仁義なき戦いの修羅場だ。店内の様子も対照的なら、店先に並べた商品の様子も正反対。常識的だけど面白味に欠けるフーデックスに比べ、スーパージャンボの迫力は凄まじい。雨が降ったらどうするんだろうと、他人事ながら心配になってくる。両者の隙間に、彰義隊に係わるお地蔵様があることは、以前述べたとおり。

 提灯に黒々とコーヒーと書かれた『ばるばど』を見るに付け、改めてこの通りがコーヒーストリートだと思い知る。家と家の間の細い路地は、急降下して文京区大塚方面へと続き、魅惑の路地散歩が待っているが、グッと堪えてコーヒーを一杯。

 さぁ新大塚駅は目の前。年季の入ったビルの1階奥、自家製アイスバインもあれば長崎ちゃんぽんもある、素敵なビアレストラン『となかい』でビールを飲んでしまおうか? も少し歩いて『炭屋』の旨い焼き鳥を食べるか? 悩むうちに大団円を迎えるのだった。

編集後記

『南大塚萬重宝』の他に、同じく月刊ベースの『高野金次郎商店』やブログ『歩くお正月』を平行して進めておりますが、今回それらを一括して見られる「東京ペンギン堂本舗」ページを開設致しました。ここに来れば、あちこちに飛べる仕組みです。従来のご高覧に加えて、ここを表紙と思って見て頂けると嬉しいです。
http://shiosenbe.hp2.jp/blog/
どうかよろしくお願い致します。


No.95/2010年4月1日号

ヘッドラインニュース

『大塚北口診療所』の入ったビルに、眼科が開設された。個人医院から総合病院まで各種揃った大塚にあって、唯一手薄だったといっても過言ではない分野が、遂に動き出したのだ。気が付いたらこのビルは、いつの間にか診療所化しており、テナントが空くと科目が増えていくような気がする。次は整形外科の専門化だろうか?

艱難辛苦を乗り越え、今年も大塚の桜は咲き誇っている。空蝉橋の橋詰めを中心とした北口、文字通りのさくら通りを彩る南口エリア、そして江戸橋の向こう、巣鴨に至る山手線沿線が、最寄りの三巨頭。これに南北の公園や小学校などが競い合う。これだけたくさんの桜がありながら、実が成るのは、確認しているだけでたった1本。空蝉橋と北口商店街の交差点にある花屋の植え込みの桜のみ。

大塚駅がやっと綺麗になってみると、やはり都電電停の中途半端な古さが気になってくる。味わいがあるほど時間は経てないし、時間を経ても味わいが出るとは思えない造りなので、せっかくだから少し考えて欲しい。バス停も総取っ替えしたので、益々釣り合いが取りにくくなっている。北口側の壁もろとも何とかしてくれまいか? ついでに更にオンボロな公衆トイレも直そう!

夕方になると、プラタナス通りのヤマザキデイリーストア前で、一人祝杯を上げているおじさんがいる。ヤマザキで缶酎ハイ(氷結がお気に入り)とつまみを買い、とても旨そうに飲んでいる。最近はたまにライフの店前で飲んでいることもあるが、このおじさんに会えないと、どうも気になって仕方がない。でっぷりとしたお腹を抱え、ゴクゴクと一日を締めくくるおじさんに、祝福あれ!

大塚アトレ妄想計画物語

 どうやら大塚駅にアトレが出来るのは本当らしい。南口側の南北自由通路を跨ぐように、向かって左、ホテル・ベルクラシックの隣に中層、右に低層ビルが建設されるとのこと。今もってにわかに信じ難いが、南口広場の不自然なガードレールや、中途半端な高架下部分の処理を見る限り、何かの途中という感じがしないでもない。

 巣鴨にも出来たんだから、大塚に出来たってバチは当たるまい。ではこの際、アトレ大塚店が出来ると仮定しよう。でもせっかく大塚に出来るんだから、どこにでもあるチェーン店ではなく、町の活性化も鑑みて、思い切った地域色を打ち出したらどうだろう。余所のアトレにはない、余所ではあり得ない、大塚だから仕方なかろうというテナントだ。

 ズバリ、呑んべいビル。呑んべい横丁をタテにしたスタイルだ。一階は当然立ち飲み。それもコの字ならぬロの字カウンターで、内側には割烹着を着たおばちゃんに入って貰おう。どこぞの店のように、やたら強面なのは困る。見習うべきは赤羽『まるますや』である。二階は土間に4人掛けテーブルのみを置き、小人数しか入れない椅子席の店。風情をしては神田『みますや』が望ましかろう。となったら三階はオール畳敷きの入れ込み方式。大勢だけど腰が痛くなるから長居がしにくい、早間の宴会向き。巣鴨『おふく』を参考にして欲しいものだ。

 勿論物販も用意しよう。ユニクロとかH&Mとかは大塚に似合わない。百歩譲って『シマムラ』、欲を言えば『マルジ』大塚店の誘致をお願いしたい。狙うならおばちゃんかお子様でしょ。ドーナツ屋や小洒落たパン屋を作るなら、『伊勢屋』みたいな団子屋のがずっといい。奥が食堂になっていたら、なお素晴らしい。もしくは昭和40年代の大塚っ子なら誰でも懐かしいどら焼きの復活だろう。伊東屋やハンズみたいなのより、『シモジマ』か『ユザワヤ』的な品揃えが正しい。心機一転『キンカ堂』に頑張って貰う手もある。

 いっそ高架下に店舗で繋いだトンネルを造り、北口にも小アトレをこしらえてしまうのはどうだ? このトンネル内が全て古本屋だったら、どんなに素敵だろう……と妄想は果てしなく続き、これが落胆に変わらぬことを祈るばかり。

編集後記

 先月ここで告知したペンギンクラブのライブの仔細が、もう少し決定したのでお伝えします。場所は巣鴨庚申塚スタジオフォー、5月15日(土曜日)18時開場、18時30分開演、入場料2000円(1ドリンク付き)です。2名のホーン隊ジュニアが数曲参加する予定ですので、総勢10人の大編成になります。その分さらにうるさいかも知れません。そして今回のライブの題名は『没収試合』に決定しました。ご興味のある方は、編集部まで御一報を!


No.94/2010年3月1日号

ヘッドラインニュース

荒川線の大塚駅前から向原電停に行く坂道のフェンス前には、沿線住民の尽力で咲くバラの花が美しい。バラに限らず様々な草木が植えられているが、枝がフェンスに絡みつく風景も散見できる。中には根を切り取り枝をことごとく剪定した結果、幹だけが空中に浮く感じでフェンスに艶めかしく巻き付いていたりする。これはちょっとしたオブジェとして見ものである。

南口、上野公園行きのバス停の斜前にあった焼き肉屋があっけなく撤退し、いきなり『日高屋』が登場した。これで北口商店街に続き、南北大塚を制覇したことになる。南口には『餃子の王将』という人気の強敵がいるが、焼き肉屋が出来るにあたっても一悶着あった曰く付きの物件をどこまで活かせるか、チェーン店のお手並み拝見といこう。

大塚病院横にある都営アパートの裏に、ステンドガラスが綺麗な喫茶店がある。『cafe GA』とは書いてあるものの、店内を窺い見ることもできず、どこかオフィスか工房のような外観を持つ店だ。ふと脇を見ると「ステンドグラス教室」というプレートがかかっている。しかも朝7時開店とやけに早朝営業で、謎と興味は深まるばかり。

この謎の喫茶店から迷路のような細道を抜けると、いきなり妙に静かな住宅街に出る。ゆったりした車道が真っ直ぐに続き、両脇にビルらしき建物は殆どない。ここが大塚周辺で一番のお屋敷町。広い敷地に新旧和洋の邸宅が並び、中には自宅をライトアップする家まである。駅周辺とは次元の違う生活感に、豊島区でなく文京区であることを再認識。
#
#

大塚彰義隊物語  

雑司ヶ谷の茗荷屋に結成した彰義隊及旗本及諸藩の隊士が上野の戦いで官軍に敗れ戦いながら逃亡せる途中この付近に物故したる隊士達の地としてここに地蔵尊を建立し奉る

 川越街道が春日通りと名を変える坂道を挟んで、此方南大塚から彼方東池袋を眺めれば、『フーデックス』と『たじま』二軒のスーパーが、いつ果てるともなく24時間戦い続けている。ふたつのスーパーの間の道は歩くほどに細くなりながら、文京区大塚の坂下通りに向かって急降下していく。細道が抜け道化する手前に、小さなお地蔵様がある。ビルの敷地内だがお詣り出来る風情を残すお姿は、春日通りから見て左向き、斜前にある町会の御輿倉を守るかの如く立っている。

 その台座に、冒頭の言葉が刻まれていた。まさかこの地が彰義隊と関わりがあるとは思わなかった。だが彰義隊が雑司ヶ谷で結成された事実を知れば、あぁ最後は約束の地に向かおうとしていたと想像するに難くない。慶応4年5月15日、上野の山で壮絶な戦いをした人々が、どこまで勝機を意識していたか分からない。だが素人目にも無謀な戦いに奇跡的に勝っていたらと思うと、漂う悲壮感も想像力に変化する。

 生き残った彰義隊の多くは北関東から東北に向かったと言われるが、上野の山から、どうやってここまで来たのだろう? 先ず山下には行かれないだろうから、谷中方向に出たかも知れない。桜木あたりから言問通りを激走し、本郷通りと白山通りを横切って、こんにゃく閻魔を右折して千川通り。どこかで春日通りに出たいが、播磨坂を登るか不忍通りまで直進するかだ。小石川は武家屋敷が多く、同心町もあって、きっと彰義隊贔屓も少なくなかっただろう。傷の手当てや水食料も与えたかも知れない。武士でなくとも、江戸っ子なら彰義隊ファンに決まってる。

 上野から起伏の多い道を、総身に血潮を浴びた隊士達が、必死の形相で駆け抜けたのかと思うと、江戸っ子ならずとも声援を送りたくなる。大塚3丁目で最後の富士山を拝み、新大塚駅から枝分かれする道を池袋方向に左折したところで、その幾人かが力尽きていった……かどうかは分からないが、それがこの地蔵尊なのだ。

 そうか、お地蔵様は横を向いてるんじゃない。上野の山を見ていたんだ。

編集後記

 毎度お馴染み、ライブのご案内です。ウクレレブラザースではなく、結成30年近いロックバンド・ペンギンクラブ久々のライブです。ホーン隊を含む8人編成の爆音ライブが、5月17日(土曜日)、巣鴨のとげ抜き地蔵の先、庚申塚にある『スタジオ・フォー』というスペースで行います。でもまだ日程以上のことが決まっていません。仔細が決まり次第「歩くお正月」にアップいたします。合計年齢約4世紀という、だてに年だけ喰った中年パンクご興味あらば、是非「歩くお正月」をチェックして下さい。


No.93/2010年2月1日号

ヘッドラインニュース

スカイツリーがここまで高くなっているとは思わなかった。空蝉橋から上野方向を見ると、真正面にスカイツリーが立っている。それはまるで山手線の線路の延長上にあるかのような位置関係だ。現状でまだ半分以下のサイズなので、完成後は思いほか身近な風景になりそうだ。大塚駅のホームからも、辛うじて工事中の先端を垣間見ることが出来る。

西巣鴨橋の脇にある千代田湯は、正面玄関前のスペースに、入口が隠れてしまうほどの燃料用古材が積み上げられることで有名。側面の煉瓦は大正年間という噂も聞く、見所満載な銭湯だ。その千代田湯の煙突に、何とヘチマの蔓が巻き付いているのを発見。しかも巨大なヘチマがなっているのだ。時節柄枯れて茶色くなったヘチマが、何個も煙突にぶら下がる様子は、一見の価値あり。

開店直後のスーパーよしやは、香ばしい焼き芋の匂いに包まれている。恐らくは南口八百福の蒸かし芋を嚆矢として、タジマヤ、99ショップ、よしやと、大塚サツマイモ化計画は粛々と進み、北口商店街の矢島園という製茶店まで、焼き芋販売を開始した。コンビニの状況までは把握していないが、次は山下書店あたりで焼き芋を売るのではないかというのが、もっぱらの噂。

南口プラタナス通りにあるビルの一階駐車場に、大塚屈指の大型犬ゴンタ(仮称)は、その大らかそうな外見に似合わず、人様にちょっかいを出されるのが嫌いだ。しかも一度吠えると最低10回は吠え続けるのがお決まり。ところが最近、吠える回数が減ってきた。さしものゴンタも分別盛りになったのか、寄る年波には勝てないのかは、本人に確認していないので不明だ。
#
#

大塚北口線路沿い物語  

 山手線は大塚の生命線。この電車に寄り添ってきた町だ。大東京の環状線が停車してくれたことを感謝しつつ、大塚民はこの線路をある時は見上げ、又ある時は見下ろして暮らしてきた。その線路に、実際物理的に障害物なく寄り添って歩けるのは、北口のみといって過言ではない。そこで山手線の恩恵に万歳三唱をしつつ、線路際を探索してみよう。

 大塚駅北口を出て、パチンコ・ゴードンの手前を裏に回ると、美しい石垣が続く坂道にでる。所々に苔が生え、隙間から雑草が顔を覗かせる。駅が工事中のため、関係者専用の仮設階段がホーム下まで伸び、登りたい誘惑に駆られる。石垣沿いは区営駐輪場で、お知らせ看板には、いつも5〜6本のビニール傘が下がっている。駐輪場の先頭には、「北大塚二丁目」の町名看板が古レールに貼り付けてあるのが嬉しい。

 駐輪場の先は、坂道&縦列駐車という、初心者にはやたら難しい駐車場が、空蝉橋の袂まで続く。そこにあの懐かしい角萬駐車場の文字が。フェンスに隠れている古看板には、「国鉄借地」の文字が大書してある。この駐車場の3番あたりが、丁度線路との水平部分で、ここから下は高架、ここから上は谷で、複雑な豊島の地形を実感できよう。

 空蝉橋を渡って池袋方向へ。向こう側の橋の袂には、縦横無尽に朝顔がフェンスに絡みついている。季節になれば無数の花が咲き、今はタネが取り放題。通りがかりに頂いて、大塚中を朝顔だらけにしたいものだ。ここから今度は下り坂になる。道路は右方向にカーブしているが、狭い路地は、フェンス沿いに続いている。狭い割に通行人が多いのは、明らかに駅への近道だからだ。

 細道を抜けると再び上り道。良好な陽当たりが嬉しい場所だ。そのせいか立派な枇杷の木が一本、フェンス越しの山手線を見下ろすように立っている。道路を挟んだ向かいのお宅には、小さな赤い実を付ける木が一本。結実の時期になれば、メジロ、ヒヨドリなどの野鳥が集まってくる。そして目の前の栄橋がゴール地点。ここでも朝顔のタネはゲット出来るが、空蝉橋のものより若干小さめなことにご注意! 北口線路際散策は、短いけど充実の一本道だ。

編集後記

 都市計画というのは、どこかおこがましいのではないかと、最近思います。人が集まり住む行為は、強制や指導ですることではありません。統一感があって整然とした風景は一見綺麗だけど、どこか大きな力の臭いがします。混沌として脈略がなく、自分勝手でご都合主義な町こそが、自由の印なのではないかと思うんです。便利、安全安心の名の下に行われる都市計画、再開発は、町をどんどん没個性化し、国全体を金太郎飴みたいにしようとしてるような気がしてなりません。


No.92/2010年1月1日号

ヘッドラインニュース

北口ガン研通り沿いで、かつては製薬会社が入っていたが、撤退後長い間空き家になっていたビルが、遂に取り壊しにかかった。建築許可証によると、『スーパーホテル』という大阪を本拠地にするビジネスホテルが出来るという。北口だけで7軒ものビジネスホテルがひしめく大塚、そんなに夜明かしをするサラリーマンが多い街なのだろうか?

旧聞で申し訳ないが、かつて周辺のコンビニ前ではケーキを売り、軒先で鶏のもも焼きが香ばしい匂いをまき散らす店もあったが、すっかり落ち着いたクリスマスに戻ってしまった。『コージーコーナー』のケーキ店頭売りと、限定クリスマス景品を出すパチンコ屋『ひょうたん島』が最後の砦かと思ったら、『巣鴨信用金庫』南大塚支店の窓口には、サンタの格好の女子社員が笑顔で待っていた。

大塚駅自由通路と共に、北口のコイン駐輪場も完成して久しい。最初の2時間以内は無料ということで、そこそこの利用はされているが、完全無料じゃないことに釈然としない利用者も多いようだ。一斉撤去をしないエリアへの駐輪は増え、一見駐輪場に止めているようでいて、実はマシンとマシンの間に置いてあるだけという自転車も見受ける。利用者、販売者、行政の新たな対応が必要かも知れぬ。

その自由通路だが、明るく清潔なのは有り難いが、どうにも殺風景でいけない。その広い道幅に何もないのは、少し間が抜けて見えてしまう。改札の向かい側の壁面に店舗でも作るのかと思ったが、結局は看板のみ。コンビニ並みに明るい広々とした通路と、その面積に見合わぬ少ない人とのバランスは、今後どう取っていくのだろう? ガランとしたスペースの行く末を見守りたいと思う。
#
#

大塚公園物語  

 大塚駅周辺で一番広い公園は、地下鉄新大塚駅近くにある『大塚公園』だ。文京区立ということになっているが、少し食い込む豊島区南大塚部分は、行政管理上どう処理しているのだろう? そんな複雑なエリアにあるせいか、『大塚公園』は不思議な物件に満ちた公園なのだ。

 春日通り沿いの妙に豪華な正面は、時に町内の餅つき、時にホームレスのおじさんが拾った本を掃除したり、バス停にもなっている大切な場所。ここから園内に入ると目に付くのが、巨大なキノコ……ではなく東屋。でも屋根の形といい柱の造りといい、誰が見てもキノコだ。東屋越しに赤い幟が沢山見えているのは、『大塚子育地蔵』の一群だ。蓮の台に鎮座したお地蔵様を筆頭に、大小様々な立石像が並んでいる。中には顔だけ修復された御仏もあり、戦災や戦後の混乱を乗り越えてきた苦労の後が偲ばれよう。

 斜め下に展開する広場に行かず、そのまま外周路を巡ると、瓦の乗った壁の一部分だけが、唐突に現れる。和名を露壇、耳慣れた言葉だとテラスといい、昭和3年に造られたものだとか。そういえば広場の中央あたりには立派なバルコニーがあり、その石段の真ん中を遮るように、段々の植え込みがある。この植え込みのトップにはライオンの顔が埋め込まれ、口に穴が開いているところから察するに、かつては水が流れるカスケードのような仕組みだったかも知れない。

 どことなくモダンで洋風な趣き漂うかと思えば、いきなり『住好神社』である。その小さなお社に対して不自然に長い参道は何を意味するのだろう。由緒書を見れば、松平家の下屋敷にあったとある。そんな履歴より、お社内向かって右側のお狐様が、とてもうなだれていることが気になって仕方がない。

 起伏に富んだ園内の中心は広場。地域のイベントが催されることもあるが、メインはラジオ体操だ。なにしろ文京区ラジオ体操発祥の地という、少年の銅像が立っているくらいだ。駆け回る子供達だけでなく、ジョギングをする人、武術の稽古をする人、何だか分からない稽古をする人など色々。『みどりの図書館』や謎めいた噴水施設、階段脇の滑り台等々、眺め始めるときりがないが、豊島区と文京区の境目だけは分からない。だが『大塚公園』は文京区立なのだった。

編集後記

 あけましておめでとうございます。萬重宝も8回目のお正月を迎えました。このまま何もなければ、今年創刊100号に到達します。発作的に始めた大塚限定マガジンですが、まさかここまで来るとは思いませんでした。どこまで続くか当の本人にも分かりませんが、取り敢えず本年もよろしくお願い致します。

次ページへ
南大塚萬重宝最新号