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南大塚萬重宝バックナンバー(2009.1〜) |
| No.80/2009年1月1日号 |
ヘッドラインニュース
南口プラタナス通りは道路工事スパイラル現象に陥っている。晩夏頃から断続的に行われていた工事が、電気ガス上下水道のどれだかかは定かでない。しかし車道も歩道も無惨に切り苛まれ、気が付けばガードレールも撤去され、ある日唐突に中断される。何度も掘り返され、そのたびにアスファルトで塗り固められた地面が、元に戻る日は来るのだろうか?
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南口大通りにあった雑貨屋が消滅した後釜に、入居した『シムズ・コーヒー』。一杯ずつ入れるドリップコーヒーは、なかなかの味わいだ。しかも開店からランチタイム前の数時間は、250円で提供される。白で統一された明るい店内は清潔感に溢れ、オーナーの所蔵という書籍がずらりと並ぶ様子は、ちょっとしたブックカフェ。好きな1冊を手にとって、コーヒーブレイクもOKだ。
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さんもーる大塚の変則六叉路にある鈴本ビルに、突如『ディーパ』というライブハウスらしきものが出来た。ある日は、秋葉原あたりに集いそうな男性客が行列を作って、その謎は深まるばかり。このビルこそ、かつて『大塚名画座』と『鈴本キネマ』があった映画館ビル。その昔の大塚鈴本演芸場の流れを汲んでいる。2軒の映画館が消えて久しいビルに、再び歌舞音曲が鳴り響くのか。
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『角海老ボクシングジム』のすぐ近くに、またまた花屋が出現した。北口商店街の先に立派な花屋が出来たばかりだというのに、更なる出店だ。ざっと思い浮かべても、北口だけで7軒、南口にはそれ以上の、新旧大小の店がひしめき合っている。大塚の住民が花好きなのか、何か花の特需があるのか、膨大な飲食店と因果関係があるのか、原因不明な花屋ラッシュである。
大塚御利益物語
一陽来復、あらたまの春。世の中は不景気の嵐が吹き荒れている。苦しい時の神頼み、御利益がありそうなら、何でも拾っておこう。
町一番の御利益は、やはり『天祖神社』(南大塚3-41-1)だろう。大塚一帯を焼き尽くした米国の大空襲にも耐え、今も葉を茂らせる夫婦公孫樹には、是非触っておきたい。夫婦というのが泣かせるではないか? 縁結び、夫婦和合は言うに及ばず、爆撃を物ともしない健康と長寿に、きっと霊験あらたかだ。
健康という点で、個人的意見を言わせて貰えば、ロイヤルホスト裏側の『瀧不動』(北大塚2-14)。かつてガン研通り辺りを流れていた谷端川の傍らにあったというお不動様が、この地に戻ってきたのは10数年前。通勤途中という気安さから、家族が大病した時には、特に深い意味もなく立ち寄っていた。そのお陰か、当人の完治への執念か、いつも平癒するのだ。
健康で家内円満なら、次は懐具合だろう。住宅密集地にある『出世稲荷』(北大塚1-7-3)は、小ぢんまりしているにも係わらず、時折真剣に参拝する人を見掛ける神社だ。何しろ名前がいいじゃないか。何故か電車の線路と思しき物がガードレール代わりに刺してあるのを見ると、鉄道関係者には特別の御利益があるかも知れない。江戸時代は空蝉橋近くにあったというが、自らは奥に引っ込み、参拝者の出世をもたらそうとする神様の気持ちが嬉しい。
昨今の食品偽装は嘆かわしい限り。変な物を食べさせられ、体調不良になっては大事である。三業地近くの『東福寺』(南大塚1-26-10)山門下には、伝染病で死んだ牛を供養する疫牛供養塔がある。大塚は牧場がたくさんあった町なのだ。いわれなく病に倒れた数多くの牛の魂が、「過ちを繰り返すまい」と守ってくれるかも知れない。本堂を拝んだ後、供養塔にも頭を垂れ、理不尽な食品を摂らされぬよう願っておこうか。
余所の町の七福神巡りのように参詣人が溢れかえることもない、御利益の得られる確率も高い……かも知れない大塚詣で、新年を迎えては……
編集後記
あけましておめでとうございます。新年早々の宣伝で恐縮ですが、現在発売中の『散歩の達人』1月号(交通新聞社刊)に、ちょっとした落語特集を書いております。巷の雑誌がやるのとは全く違う、ひたすら歩く特集です。また2008年12月号では、50周年を迎えた東京タワー見聞記を書いておりますので、書店で見掛けましたら、合わせてご覧頂ければと思います。今年も南大塚萬重宝を、大塚の町共々、よろしくお願い致します。
| No.81/2009年2月1日号 |
ヘッドラインニュース
巣鴨警察の真ん前にあった元日立プラントは、遂にほぼ更地と化してしまった。年代物の古いビルは必要以上に頑強だったから、さぞ壊し甲斐があったことだろう。重機ひしめくその敷地は広く、元ガン研跡地が建設現場になってしまった現在、恐らく現在南北大塚随一の空き地となるであろう。こうして大塚の昭和の建物が、またひとつ消滅した。
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我らが町のバー『三番倉庫』のカウンターに、昨年から新顔バーテン君が登場している。これまで長くいた人は、若いのに昭和ないい男だったが、今度のバーテンさんは、平成の格好良さだ。俯くとさらさらヘアーが童顔にかかるイケメン。渋味の増したマスターとふたり、カクテルを作る姿は、なかなかの風景である。是非ともカウンターに座らねば。
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先月お伝えしたカフェ『シムズ・コーヒー』にもモーニングがある。しかもただ黒板やポスターでメニューを書くだけの紹介ではなく、店頭に置かれたワゴンに、その日の見本が乗っているのだ。とある日には、半円型で綺麗に整形したご飯が乗ったプレートと納豆。真っ白でシンプルなカフェで納豆というのは画期的ではないか。更なる和風挑戦を期待したい。
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北口商店街に『ビックエコー』が登場した。長細い建物にどう部屋を作ったのか、とても気になる物件である。しかしこのチェーン店を一番気にしているのは、同じ北口にある『カラオケ歌広場』であろう。夕方の北口駅前では、ティッシュ大作戦や、看板を抱えた呼び込み部隊が、必死のお客争奪戦を演じている。ウタヒロvsビックエコーの戦いは、当分続きそうである。
大塚駅舎物語
遂に大塚駅の自由通路が、仮開通した。鉄扉と緩衝材に囲まれた狭いエリアではあるが、改札を抜けずに向こう側に行けるのは、大塚駅史上画期的な快挙である。
その一方で、長年雨露を凌いできた駅舎が、一気に解体へと向かっている。意外と大きいけれども、高度経済成長時の写真を見ても、殆ど変化に気付かないほど、山手線29駅の中でも放ったらかしにされてきた駅舎も、いざ撤去となると、若干の感慨がある。記憶の彼方にある駅舎の思い出を、少したぐり寄せてみたい。
北口駅舎といえば雪景色。近年はとんと降らなくなってしまったが、ほんの10年前くらいまでは、そこそこの積雪があった。ロータリーの手前から眺める駅舎と高架は、ちょっとした景物だったのだ。山手線高架の北側は土が露出してるため、雪が残りやすい。それが古びた駅舎にマッチして、どこか田舎の駅といった風情を醸し出していた。
まだ切符が硬券の時代、左寄りに窓口があり、右の壁面に自販機が設置されていたが、別途に子供用の初乗り専用自販機が、ドカンと柱の脇に置いてあった。硬貨を入れてレバーを押すと切符が出てくるシステムだったと思う。窓口で買うより、この機械で買いたくて仕方なかったものだ。
南口駅舎の風景といえば特設テント。年末の帰省時期に合わせ、その1ヶ月前にあたる11月末時分になると、駅舎前に大きなテントが張られた。売り出し前に早朝から並ぶお客のため、寒さ対策で行うものだった。このテントが出来ると、あぁ年の瀬も近いなと、子供ながらに思ったものだ。それだけ東京の冬が寒かったということだろう。
更にうろ覚えな記憶をたどると、改札を出た右側、花屋やキオスクがあった辺りに、コーヒーショップがあった。カウンターだけの小さな店だが、ホットドッグくらいあったのではなかろうか? 残念ながら入ったことはなかったので、ご存知の方がいらしたら、是非お教え願いたいものだ。
ボロだボロだと蔑まれながらも、大塚駅を支え続けた駅舎を、もう見ることは出来ない。あの囲いが外れた時、どんな風景が現れるかも分からない。ただ駅舎も巡る記憶が、更に霧の奥にいってしまうことだけは定かである。
編集後記
浅草伝法院通りから場外馬券場に抜ける飲屋街、昔はよっぽどの常連じゃないと入れない雰囲気があって、僕が子供の頃は、日が落ちると通るのもちょっと恐い感じがしたものです。ところが今は若いお客さんが一杯。同じ中高年客でも、酔い潰れるようなおじさんではありません。週末は満員御礼状態です。だいたいこのエリアで、女性が飲んでること自体が考えられなかったんですから。あの頃くだを巻いていたおじさん達は、何処へ行ってしまったんでしょう……。
| No.82/2009年3月1日号 |
ヘッドラインニュース
南口さんもーる大塚の不自然な広場から、線路沿いに向かった狭い通りの左側にある饂飩屋『ふじ誠』は、関西風手打ちと銘打っているだけあり、麺の内側に腰があり、澄んだ色の出汁もなかなか。さっぱり炊いた煮物も旨く、小鉢3品とビールで千円という晩酌セットをプロローグに、しつこくないゴマだれを付けて食べる冷たい饂飩をやるのもいい。
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北大塚の坂上、巣鴨図書館に至る辺りは、古くからの住宅を新築の家が徐々に埋めていく、新旧交代の匂いもするエリアだ。その一角に、満開が近い梅の古木が立つ家がある。その枝には一見ウグイスに見えてしまうメジロが、盛んに飛び交っている。カラスやハト以外にも、明らかにスズメとは違う小鳥が数種類やってくる大塚も、まだ捨てたもんじゃない。
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大塚でも老舗の、もしかしたら最古参かも知れないパチンコ店『ヒロキ』が突如『サンドラ』という店に模様替えした。閉店したのか改名したのか系列化したのか、詳しいことは全く分からない。これまでの穏やかなネオンサインから一転、今時なスクリーンに大変身だ。サンドラと聞くと、さんどら煩悩を連想する身には、大塚に相応しい名前だと納得してしまった。
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昨年まで池袋と合同で開催していた音楽イベント『ジャズ・クルーズ』は、今年から大塚単独の開催となる。町中のライブハウスやバー、ホールで演奏される音楽も、ジャズだけでなく、かなり幅広いジャンルになるようだ。界隈のライブハウスと商店会が肝入りになっているとのこと。実は音楽の街である大塚を、どこまで世間にアピールできるか、ちょっと楽しみなイベントだ。
大塚妄想東武王国物語
豊島郡巣鴨町から群馬県渋川町までの鉄道敷設仮免許を得て、明治44年に東上鉄道は発足する。大正元年、東京市より小石川区の始発を小石川大塚辻町にした鉄道敷設許可が正式におり、徐々に現在の東武東上線のルートが形成されていくのであった。めでたしめでたし……どころの騒ぎじゃない。何ですと! 当初想定していた東上線の始発駅は、池袋を通り越して、大塚辻町、現文京区大塚4〜5丁目界隈。どうやら地下鉄新大塚駅か大塚公園近辺らしいのだ。どういう経緯で大塚始発計画が生まれ、そして消滅したか分からないが、もし東上線が新大塚に乗り入れていたらと思うと、妄想は果てしなく膨張する。
大塚公園は削れないし、向かい側はすぐ崖になってしまうので、少しずらして、大塚駅前からの通りと春日通りが合体する辺りに駅を作りたい。大塚病院寄りに設置しようとすると、都電16番の線路にぶつかってしまうから、その手前で我慢しよう。
当然ながら駅ビルも必要だ。ってことはデパートが出来る。国電の大塚駅前には白木屋があって、新大塚には、後に東武百貨店になるであろう大塚デパート(仮称)が出来る。交差点の角の鋭利な三角形な土地(現、丸ノ内線新大塚駅、お茶の水方面入口付近)にドカンと立つ姿は、規模は違えど東武浅草駅&松屋デパートと同じシチュエーションだ。
ここは護国寺と天祖神社に一肌脱いで貰い、浅草寺と浅草神社の向こうを張りたいものだ。天祖神社まではダラダラ商店街だが、護国寺までが思い切り住宅地。でも交差点にある細い脇道を抜けていくと、渋い坂下通りに出るので、散策路として使えるかも知れない。
東武大塚駅一帯はは東武村に変身し、大塚駅との二人三脚で池袋を迎え撃つスタイルだ。この二駅を結ぶアクセスとして、一駅分だけ都電を存続させておこう。勿論不朽の名作6000系を完璧に再現し、お爺さん車掌も復活となれば、この間の商店街も気分は昭和30年代。うっかりすれば大塚名画座どころか鈴本キネマも蘇りそうだ。
東上線は大塚辻町に乗り入れなくて、きっと正解だったのだろう。と同時に東武鉄道念願の、山手線の内側に食い込む夢も、永遠に叶うことはなくなったのだった。
編集後記
僕は山手線各駅の唄を作って歌う、ウクレレブラザースという色物系ウクレレユニットに参加しています。来る4月11日(土曜日)、浅草雷門通りの『ヨーロー堂』という老舗レコード店2階で、久々のライブをします。浅草は山手線沿線ではありませんが、このライブのために浅草の唄も拵えます。ご興味のある奇特な方がいらしたら、このページの「編集部にメール」からご一報下さい。その際、皆さんのアドレス明記をお忘れなく! よろしくお願い致します。
| No.83/2009年4月1日号 |
ヘッドラインニュース
プラタナス通りの入口、ブックオフの斜前にあったファミリーマートが、あえなく消滅してしまった。南大塚通りに充実のローソンと小さなampmとセブンイレブンがひしめき、同じプラタナス通りの先にサンクスがあり、競争率は激しかった。しかし恐らく通りの手前に出来たもうひとつのセブンイレブンが、とどめを刺したのではないかと専らの噂だ。
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北口駅前の太平不動産が180度の模様替えをし、『まるさん』という名の立ち飲み屋に大変身した。元々同じビルの2階で居酒屋を営む御主人は、料理も食べ歩きも好きな人。この店の一押し、和牛の煮込みは、探し歩いた赤味噌と西京味噌をブレンドした、絶品の味。酒も肴も激安で、当分は土日も営業するというから、大塚の夜が一段とバラエティに富むものになった。
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一方北口商店街にあったプチガストみたいな店は、ホルモン焼きっぽい店に入れ替わった。これまた真向かいに同業店があるのに、挑戦的な出店である。しかし実はそんな対抗意識はないかも知れない。何故ならこの町は、北口商店街だけでも十指に余る店が軒を連ねる、焼き肉&ホルモン王国だからだ。以前ここでも述べた通り、ラーメン、中華も爆発的に多い大塚は、正にアンチ草食系といえよう。
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大塚でも貴重な本格派ケーキブティック、ジュール・ド・リゼット。フランス系だけど濃厚さは控え目で、だからといってライト感覚とも違う、欧風な流れを汲むケーキが揃っている。ある日閉店かと思いきや、北口商店街沿いのビルの2階に引っ越しと知って一安心。南口の軽やかな味の228と北口の落ち着いたこの店の味が、大塚スイーツを牽引していく日々が続いてくれる幸せ。
大塚山手線物語
駅大工事完了間近記念、大塚鉄道物語の第2弾は、東京の大動脈・山手線上の大塚的葛藤の歴史について、手薄な情報と共にお伝えしよう。
上野〜青森間の路線を持っていた我が国最初の私鉄・日本鉄道は、明治18年に品川から外回りに赤羽という謎めいた品川線を作る。本当は東海道本線の始発駅・新橋と上野をサクッと繋ぎたかったけど、用地買収が思うに任せず、仕方なく郊外で民家もまばらな山の手方面から攻めたのだ。
その一方で、現在の常磐線に当たる路線の始発駅だった田端と、この品川線を繋ぐために、目白〜田端という豊島線工事に着手した日本鉄道。ところがやっぱり買収が上手くいかず、目白を分岐駅に拡張できない。そこでポイント切り替え程度にしか使っていなかった池袋に、泣く泣く駅を作ったのだ。線路を強引に繋ぐことばかり考えていた日本鉄道が、買収の失敗を繰り返して作った品川線と豊島線。その失敗のお陰で、我が大塚駅は明治36年に産声を上げたのだった。
だいたい名前の偉そうな割に仕事が上手くない日本鉄道ってなんだろうと思うが、どうやら華族なんかが係わっている、半官半民の組織のようだ。田舎の線路を造っている時は調子良かったが、その勢いは東京でトーンダウンしてしまった。案外、国有化を前提としていたんじゃないかと、勘ぐりたくなる。事実、大塚駅が完成した3年年後、日本鉄道はあっけなく国有化されてしまう。
もし目白がすんなり買収に応じていたら、豊島線の駅は東京メトロ新大塚駅あたりになったという。分かった! だから東上線は新大塚界隈を始発駅にしようとしたのだな。しかし目白の反対で急遽池袋が始発駅になったため、大塚駅は現在の位置に納まった。すんなり目白が分岐駅なら、大塚駅はJR、東上線、地下鉄が合流した、ステキな街になっていたかも知れない。まぁステキになったのは新大塚界隈だろうが。
丸い緑の山手線と言うものの、田端と目白で不自然な急カーブを描く環状線。そこに潜む哀しみの物語が、大塚駅を形成していったのであった。
編集後記
お花見の季節になりました。皆様もお気に入りの桜スポットの1つや2つは、お持ちのこととおもいます。上野の山や隅田公園、街道沿いや土手の並木道で咲き誇る姿もよいのですが、路地裏や社寺の庭で咲く一本桜もまた格別の味わいがあります。それも名前が付いているような有名木ではなく、ついでに植わっているような一本に、心が動きます。10年以上前に多摩川河口付近で見た桜の木が忘れられません。今もひとりで咲き誇っているのでしょうか……。
| No.84/2009年5月1日号 |
ヘッドラインニュース
北口駅前、山下書店とプロントの間にあった写真プリント屋が消滅して久しいが、そこにサーティーワンが入居することになった。遂に大塚にアイス屋が登場する。飲み屋以外のチェーン店の進出は久し振りだ。イタリアントマト、ミスタードーナツと2軒のチェーン店が撤退した街で、どんな奮闘振りを見せるだろう。
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以前にもお伝えした音楽イベントは、『おおつか音楽祭』という名前で開催される運びとなった。5月9、15、16日の3日間。JR大塚駅周辺のホール、ライブハウス、バー、そして街角で、プロアマを交えたあらゆるジャンルの音楽が演奏され、大塚は音楽の街になる。詳しい情報は公式サイト(http://otsuka.mu/)へ。
『間違いだらけのクルマ選び』や『声に出して読みたい日本語』等のベストセラーを出した草思社が、いつの間にか、折戸通りの文京高校近くに引っ越してきていた。どんな利点があるのか分からないが、大塚にやって来た出版社は、これで3軒目。しかも山手線の内側ではなく、折戸通りを選んだのは画期的だ。この引っ越しが、間違いだらけでないことを祈るばかり。
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南口駅前にある錦糸町行きの都バス、グリーンライナーの停留所が、新調された。ガラス張りの風除けと、内側にお洒落な照明が設置された屋根が出来たのだ。昼間は美しいのだが、夜になって、間接照明風な灯りが薄暗い駅前でポワンと浮き上がる様は、どこか一抹の侘びしさを演出するように感じる。反エコでもクッキリ明るい方が、大塚には向いているような気もするが……
大塚文化遺産物語
天下無双の大塚といえども、流石に世界遺産はない。それどころか国宝も重要文化財もない。しかしこの町には、誇るべき文化遺産がどっさりある。今回は、南大塚エリアを探してみよう。
新大塚界隈では、南大塚通りに面した土蔵を見ておきたい。白壁やモルタルとは違い、大谷石風なブロックを積み上げたような造りで、どこかモダンな趣きがある。その一本大塚よりの路地を入ると、すぐ左奥にも蔵があり、蔵自体よりも、どうやったら蔵に近づけるか分からない謎が素敵だ。この路地沿いには、「巣鴨7丁目」というプレートが、恐らくは持ち主の確固たる意志の下に残されており、南北大塚が巣鴨の領分だったことを如実に表している。
変則交差点を川越街道方向に上れば、洋館仕立ての歯科医院の建物がある。新旧の見分けが付きにくいのだが、逆にそのわざとらしくない管理に好感が持てる。再び大塚方面に戻って駅に向かうと、今や大塚屈指となった桜並木がある。周辺町会の尽力で、桜祭りも年々盛況になっていくのは、喜ばしい限り。満開の時期も良いが、風で舞い踊る花吹雪がまた美しい。
その桜通りを抜けてプラタナス通りに出よう。ここで見逃せないのが巣鴨教会である。質素ながらも落ち着きある白い建物は、喧しい大塚の町にあって、一服の清涼剤だ。玄関脇の敷地内にある『からたちの花発祥の地』の碑が示す通り、明治時代、この地にあった苦学生のための自立支援寮にいた山田耕筰の思い出を、北原白秋が歌詞にしたのが、あの名曲なのだ。
教会から更に奥に入れば東福寺にたどり着く。山門に至る石段の脇にある疫牛供養の石碑は、大塚一帯に多くの牧場があった時代を教えてくれる貴重な証人。郊外ののどかな田園風景が広がっていた大塚を、誰が想像できようか。
そして南大塚的文化遺産のトリを取るのは、やはり大塚三業地。更地や一般住宅の狭間で、辛うじて見番と僅かに料亭らしき建物が残るエリアを、万感の思いを抱いて散策したい。蛇行する道に点在する飲食店を中心とする店舗が1軒でも増え、三業通りのネオンサインが誇らしげに瞬く日が、大塚らしい文化の再興の時かも知れない。
編集後記
今月のヘッドラインでも書きましたが、5月9日から断続的に『おおつか音楽祭』を開催します。9日の12時から、南大塚ホール(豊島区南大塚2-36-1)と同じ建物にある『南大塚地域文化創造館』で、ロビーコンサートが催されます。そのしょっぱなの12時から、僕らウクレレブラザースが約30分のミニライブをします。よろしければ遊びにいらして下さい。詳しくはヘッドライン内の音楽祭公式HPをご覧下さい。
| No.85/2009年6月1日号 |
ヘッドラインニュース
先月お伝えした通り、北口駅前に『サーティワン』が開店した。初日は、大塚人はこんなにアイス好きなのかと思うほどの集客が、閉店時まで続いた。だがもしかしたらアイス以上に、大塚への久々のチェーン店進出を歓迎しているのかも知れない。アメリカンケーキブームの火付け役・イタリアントマトもミスタードーナツも撤退した大塚で、いかなる活躍を見せるのだろう?
今月号が出る時には行使されてるが、6月1日をもって、南北駅前の放置自転車の一掃大作戦が決行される。それに先だち、周辺に有料駐輪場を整備したのだが、焼け石に水どころか、焼け石のまま何もしてないようなもの。この状況下で、チェーンも切断する撤去を、頻繁に行うという。既に公害に等しい自転車群だが、撤去だけで解決するとは到底思えないが……。
その荒川線に、新型車両が投入された。角の取れた車体にピンク系の塗装と、全体的に可愛らしい雰囲気を漂わせ、子供や撮り鉄たちを喜ばせている。しかしこれまで登場した色々な車両との関連性がないのが、ちょっと悲しい。まるで既存車両が気にくわないかのように見えてしまうのだ。謎めいたレトロ車両も含め、都電というブランドを大切にして貰いたいと、切に願うばかりだ。
『おおつか音楽祭』も無事大団円を迎えた。そのプレイベントで何と、あのショーグンを率いていた芳野藤丸さんが登場した。TVドラマ『探偵物語』や『俺たちは天使だ』の格好いいテーマソングを演奏した藤丸さんは、大塚の住人なのだった。芸人さんの多い街にあって、遂にミュージシャン出現だ。ライブでは「バッド・シティ」も披露し、懐かしの涙にかきくれたことはいうまでもない。
大塚マッサージ物語
『村上中央整体院』、『天地堂整骨院』、『三和リラクゼーション』、『リラックスマッサージ』、『アルファ接骨院』、『ひらい整骨院』、『大塚サロン』、『大塚王国古式マッサージ』。駅前の北口商店街を空蝉通りの交差点まで歩く間に、通りに面したものだけで、これだけのマッサージや整骨関係の医院や店舗がある。更に通りから脇道を覗けば、ただ健康マッサージだの整体だのと書かれ、名前が不明な店の看板が何軒もある。
駅から最初の信号機にぶつかるまでに、10数軒の同系統の店がひしめく大塚って、一体何なのだろう? しかし何らかの原因があって、こんな通りになったに違いない。そんなに筋肉や骨や筋に悩む人が多いということなのだろうか? そうでなくてもこの北口商店街は、美容院とラーメン屋と焼き肉屋が大集合する、妙に偏った通り。この癖のある店舗傾向が、マッサージ銀座を産む原因なのだろうか?
先ず考えられるのは、大塚でひしめく莫大な飲食店である。激安から激高まで、硬派から超軟派まで、無数の飲み屋、料理屋、風俗店が集まる大塚。当然激務にあえぐ従業員も多いだろう。そんな裏方さんの安らぎの場所がマッサージ。そう思うと深夜営業の店も結構見掛けるのだ。
都内第二位といわれる放置自転車の街、大塚は、一昔前の中国みたいに、自転車が一番大きな顔をしている乗物だ。中には前後に子供を乗せて激走するお母さんや、曲がり角で一切左右の確認をしないおばさんも多い。毎日ペダルを漕げば足が疲れる。特に大腿筋の疲労度は、運動不足と体重に比例していく。やはりマッサージは不可欠といえよう。
この町ではダンス教室も増殖の一途をたどり、妙に姿勢の良い中年男女を時折見掛ける。バレー教室やジャズダンス団もあるようだ。日々稽古に励む人ならいざしらず、週に一度、月に数度の練習に来る人の中には、筋肉痛に悩む人もいるだろう。初心者なら尚更。練習帰りに、筋肉を揉みほぐすのもよかろう。同様に、スポーツジム帰りのクールダウン代わりもありではないか?
いずれにしろ、大塚人は疲れている。それも精神的にではなく、肉体的にってのが大塚らしいではないか。もちろん別の部分を揉みほぐされたい人には、別世界のマッサージもドッサリ揃っている大塚だ。
編集後記
新型インフルエンザのニュースが、肝心の病気よりも蔓延しているようです。オイルショック時のトイレットペーパーのように、薬局からマスクが消え失せたり、衛生的に大丈夫かと思うような路上販売が横行したりと、異常な空気が流れています。生来の暢気者にはとても理解出来ません。どこか話題の店に行列し、スポーツイベントに血道を上げる光景に似た空気感を感じるのは、私だけでしょうか……。
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