| 次ページへ |
南大塚萬重宝バックナンバー(2008.1〜) |
| No.68/2008年1月1日号 |
ヘッドラインニュース
先月そのオープンをお伝えしたイースト・イーストは、画期的なアイテム数を揃えて、なかなかの好発進をしたようだ。狭くなったものの喫煙コーナーも健在で、早朝からおじさん達が陣取っている。個人的には丸いプワプワの食パンと、ドライフルーツの入った硬いパンがお気に入りで、特に後者は、薄く切ってカマンベールチーズを載せると、ワインに素敵に合うのでお試しあれ。
![]()
駅前周辺に群生する5軒のパチンコ屋の中でも、常時開店前に行列が出来るのはひょうたん島だけではないか。平日でも朝8時にはお兄ちゃん達が集い始め、週末の開店直前ともなれば、店員さんが配る缶飲料も足りなくなる勢い。その平日集合組の人々は、入り口の隅っこで車座になり、トランプをして10時を待っている。いくら若者とはいえ、お尻が冷えないのか他人事ながら心配だ。
![]()
ガン研通り沿いのセブンイレブン2階にあった中華屋が消滅して久しい。あの広いスペースが勿体ないと思っていたら、ハローストレージ大塚駅前というトランクルームに変身していた。0.5畳から各種あるスペースを、月極で貸してくれるらしい。結局あそこは物販や飲食店には向かない物件だったということだろうか? 改めて今はなき川金の奮闘に拍手を送ろう。
![]()
西巣鴨橋に至る坂道を上り始めた左側に、ギャラリー「MISAKO & ROSEN」が出来、大塚にも現代アートの息吹が少しずつ戻ってきた。オーナーご夫婦に関しては、銭湯のPR誌『1010』で見た人も多いだろう。ここは元々かのタカイシイ・ギャラリーがあった同じスペース。ご主人はタカイシイの現ディレクター、奥様は長く小山登美夫ギャラリーにいらしたという。小振りだが静謐な空気感をごろうじろ。
大塚デビュー指南物語
こうして我らが大塚は、平成二十年の賀正的謹賀新年を迎えた。今年こそ大塚訪問を果たそうとする恐れを知らぬ方々も、きっといることだろう。そこで我が南大塚萬重宝編集部が、これまで蓄えた手薄な情報を湯葉の如くすくい上げて、大塚巡礼の基本を、お年玉代わりにお伝えしよう。「萬重宝版・大塚一日観光」だ。
先ず山手線南口改札を出たら、そのままさんもーる大塚商店街に進み、大塚総鎮守・天祖神社に行き、今日一日の無事を願おう。そのまま神社の裏を抜け、都電荒川線の勇姿も見て欲しい。鉄マニアなら近くの大塚台公園のSLはいかが? 南大塚には三軒の鉄道グッズ屋があるので、更に深みにはまるもよし。
南口にいるついでに、少し三業地も歩いてみよう。かすかではあるが、花柳界の痕跡を探すのもおつなもの。そのまま進んで、路地奥の石段も趣ある東福寺山門や、教会の懐かしい建物も見ておきたい。入り口脇で寂しく光る「大塚三業地」のネオンは、夜、帰りがけにでも確認すべし。
昼食はABCキッチンの大盛り洋食、北口駅前の中華美味斎で焼鴨飯、もしくはさっぱり恩田のうどんもお勧めだ。南口大通りに点在する喫茶店でランチなら、食後のコーヒーも飲めて一石二鳥。南北で三軒ある小倉庵で蕎麦の食べ分けも面白い。
陽のあるうちに、大塚きっての風俗店街・北口ピンク通りを抜けて、素敵な店名を探して歩くかな。通る勇気がないけど見たい気持ちが抑えられない向きには、空蝉橋に行く坂道を上りながら見下ろすという手もある。せっかく空蝉橋まで来たら、横断歩道を渡って、住宅密集地域で疑似迷子感覚を味わうのも面白い。本当に迷ったらとにかく低い方に歩いていけば、北口商店街に出られよう。中国雑伎団の稽古風景に出会えたらラッキー。
アート好きにはMISAKO & ROSENを、ミニ建築探偵には大塚ビルをコースに加えて欲しい。南大塚落語会をやっていたら、もちろん南大塚ホールへ進もう。
さぁ、そろそろ夕方。やはりコの字カウンター・江戸一で1本だけ燗酒をやって、どこかに腰を落ち着けよう。こだわりの店も多い大塚だが、ある意味この町を象徴するのは、南なら大提灯、北なら豊川で雑ぱくさを味わって欲しい。この時期、ゴトーの牡蠣フライも捨てがたいし、鰻重のご飯が素晴らしい大和田も挙げておこう。
夜の駅前は南北共に寂しいが、北口商店街だけは、飲食店の照明が喧しい。その脇を入ったバー三番倉庫でちょいと仕上げて、大団円の大塚巡礼。更なる深みにはまりたい御仁には、またいつかディープ篇をお楽しみに。
編集後記
あけましておめでとうございます。萬重宝は6回目の新年を迎えました。皆様はどのようなお正月を迎えられましたか? 昔はお正月はどこも閉まっていて、初詣以外はすることのない、ぼんやりした日々を過ごしたものですが、近年はどこもかしこも元旦早々から店開きし、コンビニやファミレスは平気で24時間営業してるので、ぼんやり気分を味わいにくくなりました。何だか元旦からせっつかれているようで、ちょっと面白くないです。まぁ、萬重宝だけは一年中ぼんやりですが。今年もよろしくお願い致します。
| No.69/2008年2月1日号 |
ヘッドラインニュース
最近は周囲の色に合わせてボディを塗り分けた自販機を見掛けるようになったが、秩序も何もなく極彩色入り乱れる大塚の町にも、その傾向が少しずつ現れている。新大塚から向原に向かう春日通り沿いに、黒いコカコーラ自販機。同じ新大塚の地下鉄駅の近くに、オレンジ色のカルピス自販機が立っている。いつの日か、郵便ポストも塗り分けられるかも知れない。
![]()
前に書いた大塚三軒の小倉庵のうち、三業通りにある店舗。この隣のシャッター奥は、蕎麦打ちをする場所であることが判明した。大小様々な棒が木刀の如く掛けられた様子は、正に道場の雰囲気が漂う。もしかしたら蕎麦打ち教室でもやっているのだろうか?
![]()
胃カメラや大腸の内視鏡検査の実施を、恐怖感から躊躇っている人にお勧めしたいのが、北口商店街の入り口近くにある大塚北口診療所の無痛検査だ。点滴に麻酔を入れ、眠っているうちに検査が終了するので、痛みも不快感もない。検査を勧められている人は、一度来てみたらいいかも。無痛の真偽の程は、経験者が語っているのだから問題なしだ。
![]()
新入学の季節が近づいている。孫の笑顔が、おじいちゃんおばあちゃんの財布の紐をぶち壊す頃、南大塚2丁目の小さなビルの一角に、ランドセルがずらりと並ぶショーウインドがある。それも基本の黒と赤ばかり。カラフルな色遣いが持て囃される昨今、パークトレーディングという名の店の、王道を行く品揃えに、好感と郷愁を抱いてしまう。
大塚三橋物語
大塚に川はない。歩道橋もないから大塚で橋と言えば、JR山手線を跨ぐ3つを指す。
駅に一番近く、馴染み深いのが空蝉橋。由来は分からないが、源氏物語から拝借したというよりも、どこかに蝉の抜け殻でも溢れかえっていたのではないか? コンクリの欄干に無粋なフェンスを張り巡らし、かわいそうに、網の陰になって橋名プレートすら読めない。
かつて運送会社のトラックが盛んに荷物の交換を行い、「駐停車禁止」の大看板が立ったこともある停車ポイント。いつも北大塚3丁目方向のフェンスには朝顔がからみつき、今は無数の種が、来るあてのない採取者を待っている。その先と向かいの東池袋2丁目の線路際に続く歩道は、大塚屈指の細さ。
空蝉橋に次いで幅広な西巣鴨橋。名前が示す通り、昔は西巣鴨だったのだろう。北大塚と上池袋の境界線を走る道路が、カーブしながら盛り上がる感じは、ついついアクセルを踏みがち。休日の午後、スピード違反の取り締まりが手ぐすね引いていた時代もあった。
珍しい横書きの橋名プレートには、蔦系の植物が覆い被さり、季節にはプレートごと隠す勢い。3橋で唯一階段のある橋で、いちいち登るのが面倒と、車道を歩く人もいる。意外とスピードを出す車が多いので、くれぐれも億劫がらずに階段を利用して欲しい。
この2つの大きな橋に挟まれた栄橋は、一番新しく、一番暢気な小橋だ。先ず車が余り通らない。というのも橋に出る道が分かりにくく、しかも渡るメリットが余りないのだ。春日通りから入るのは比較的楽だが、一旦北大塚に出ると一方通行の嵐で、気が付くと空蝉橋の袂にいるという寸法だ。
小さくて幅も狭いが、結構凝っている。袂の欄干にある外灯、橋の下部を取り巻くフェンスの模様、ガードレール代わりの鎖、歩道のタイル等々、費用のかけすぎに近い。白眉は張り込まれたアクリル板の細工で、ボルトや金具を巧みに避けた加工は、橋に向いた素材かどうか悩ましい限り。
この3橋からの景色は、橋自体の雰囲気も周辺の町の様子も違うように、各々趣が異なる。高みを味わう散歩もまた一興。
編集後記
どこが暖冬なのかと疑いたくなるような冷たい日が、突如やってきますね。強い日射しに浮かれて歩き出すと、日陰や風の寒さが身にしみて、騙された! と叫びたくなります。地球の熱帯化と見せかけて、いきなり氷河期に入るなんてことはないのでしょうか? 異常気象なら、何があっても不思議はないはずですからね。だったら歩くなと言いたいところですが、達磨の如く着込んで東京の隅っこを歩いております。しかも町歩きの後は、冷たいビールが飲みたいというわがまま。異常なのは空模様だけじゃないようです。
| No.70/2008年3月1日号 |
ヘッドラインニュース
たびたびご紹介する癌研病院跡地の工事風景だが、最近通り沿いの鉄板の囲いに、大丸ピーコック開業の看板が掲げられた。しかも2008年秋オープンという文字。まだ基礎工事もままならないというのに、あと半年でスーパーが開店するとは到底思えない。しかし何が起こるか分からないのが大塚。ことの推移を見守っていきたい。
![]()
イタメシ屋オリエントとセブンイレブンが入ったビルが、三業通りの入り口にある。このビルの真ん前にある横断歩道で信号待ちをする人は、是非とも足下をよく見て欲しい。鳥の糞で一杯なのだ。見上げると真上の電線にカラスがよく止まっていて、まるで人がいるのを知っているかの如く、ポタリと落とすのである。ここで信号待ちをする時は、頭上確認をすべし!
その三業通りを下りきった辺りの左角に、カウンターだけの小さな食堂があった。小さい割にメニューが豊富で、一度ここでラーメンが食べたいと思っていたのだが、しばらく通らないうちに、何と更地になってしまった。ガン研通りの中野製薬ビルも、どうやら取り壊される模様。巣鴨寄りの北大塚にも空き地があり、またぞろ建設ラッシュが始まるのだろうか?
![]()
我が町のバー、三番倉庫のボトル棚の間に、古めかしい写真パネルが飾られた。そのセピア色に染まった集合写真の背景には、三孫酒場の文字が見える。80年前、酒屋三孫の一隅には、飲み屋があったのだ。映っているのはバーのマスターの祖父母一家の若き姿。酒屋の店内にはタイル張りのショーケースも見受けるが、当時は味噌も売っていたという。緩やかな大塚の昔を描き出す写真だ。
大塚NOBU物語
駅前から大通りの南大塚通北という信号を右折し、西巣鴨中学校方向に坂を上がっていくと、左角に『NOBU』という居酒屋がある。窓には「おやじの味」と書かれた謎の文字が躍り、夜には小さな照明がポッと灯るだけの、つまし気な佇まい。
打ちっ放し風の店内は、オシャレと質素が同居し、意外と広いコの字のカウンターの内側には、無口なご主人がひとり。頭上の壁には、お酒を中心に手書きメニューが貼ってあり、その厨房の突き当たりの黒板には、ギッシリと料理のメニューが書き込まれ、しかもその文字は縦横に綴られていて、解読は困難を極める。
しかしその困難な解読を進めていくと、驚くべき広いジャンルの料理が確認できる仕組みだ。旬の魚の刺身、酒の友に混じって、イタリアンからフレンチの香りがするかと思えば、凝った料理屋のお品書き風まで盛り沢山。どう考えても「おやじの味」を標榜するような、気楽な店の品揃えではない。
かつては北口の都電の線路沿いにあり、その頃は『のぶ』だったと言えば、あぁあそこかと思い当たる人もいるだろう。一日中定食が食べられる不思議な飲み屋だ。それが巡り巡って南口、店名も『NOBU』。
何といっても手作りピザを勧める。生地を円形の鉄皿に伸ばして焼くその味は、シンプルだけど絶品だ。生姜の効いた出汁でさっと煮て冷やした牡蠣は、日本酒に最高。炊いたお米から作るリゾットは、玉子を載せてオーブンで焼き上げる。どの料理も一手間加えた旨さだ。ここで初めてコーヒー豆を漬けた珈琲酎を飲んだが、豆自体の自然な甘みが何とも言えず、サッパリと飲める味だった。
それもそのはず、ご主人は長年フランス料理店で働いていたという。研ぎ上げて細身になった包丁が、その腕の確かさを物語る。お客からの注文に、ひとつコックリ頷いて、見事な手早さで一皿を仕上げる技とセンスは、ただ者ではない。しかも土曜の夜は休業というのも渋いじゃないか。
薄暗い南大塚の夜、『NOBU』は今日も町の隅っこで、寡黙に酒肴を供する。
編集後記
『胡同の理髪師』という映画を見ました。北京の中心部から遠くないけど、まだ古い家並みが残る古びた町に住む、93歳のおじいさん床屋の話です。長い人生を歩んで、多くの経験をして、主人公チンさんの目は、いつも深く遠いのです。長年のお客の死、息子の病気、立ち退き、悲しいことも辛いことも多いけど、チンさんは静かにじっとみつめます。達観でも諦めでもありません。自然体で全てを「生」として認めていく姿は、潔くチャーミングでした。
| No.71/2008年4月1日号 |
ヘッドラインニュース
さんもーる大塚にあった100円ショップ『ダイヤモンド』がなくなってしまった。間口の狭い鰻の寝床のような店だったが、一時は不二家のお菓子が豊富に並び、ペコホリックな人々を引きつけていた。近所の後発組『ショップ99』のあおりを食ったのかも知れない。しかし撤退かリニューアルかは不明。これで南口の100円ショップは『亀一』1店舗となった。
![]()
スーパー『よしや』の還元イオン水供給所は、相変わらずネタの宝庫で、最近はポリタンクをすすぐ様子が楽しい。多くの人がタンクに少量の水を入れ、蓋をしてシェイクする。ゆすぐ必要があるほど汚れているなら仕方ないが、殆ど儀式に近い。奥さんに頼まれたらしいおじさんのおざなりなシェイク、何かに憑かれたように振り回す人等、愉快な光景に出会えるだろう。
![]()
『角海老ジム』脇に、沖縄飲み屋『なは』とスナック『華』が並ぶ路地があった。「なは」の隣が「はな」ってのが、シャレが利いてて楽しかったのだが、『華』が遂に閉店してしまった。残念だなぁと思っていたら、今度は今風な立ち飲み屋がオープン。その名も『スタンディングダイナーhana』。やっぱり「はな」だ。お茶目な路地は消えず。
![]()
先月のお伝えしたガン研跡地再開発だが、その時は『大丸ピーコック』オープンの看板の話をした。最近、その看板の隣に『セントラルウエルネス』の看板も設置された。大手フィットネスクラブの参入である。そう思って工事現場を見ると、いつの間にか低層ビルの鉄骨が組上がっていた。上はジム、下はスーパー、つまり『よしや』&『ゴールドジム』との全面対決勃発だ。
大塚NOBU物語
因果と桜は丈夫で、南口さくら通り、北口ピンク街と空蝉通りの坂道と、大塚でもきちんと花吹雪を降らせる健気なやつだ。特に南口はお祭りも盛大になる一方だが、そんな並木でなくとも、人知れず、誰に誇るでもなく、静かに咲く木も少なくない。例えば三業地を千石方向から歩いてみればいい。
千川通りから三業通りに入れば、露払いは三角な氷川下町児童遊園で咲くコブシ。その斜前のお宅には、玄関を挟んで桃と桜の咲き分けだ。JAFの駐車場越しからは、千石のお屋敷街の庭で優雅に咲く桜が見える。縁がない縁がないと進めば、坂道角のお宅の壁に這うように、ボケの花が彩りを添える。
坂を横切って道なりに、ガードレールで仕切られたサンコーポラスの中庭には、寂しげに桜が数本。お隣がハイム桜楓というのも何かの縁か? その向かいには長年「国有地」の看板が刺さった空き地が広がる。雑草の絨毯に、背の低い古典的タンポポが、明るい黄色を振りまく。その先の家の玄関脇に咲くのはカイドウの鮮やかな花。
三業通り桜見物の定番、南大塚一丁目児童公園の巨木が見えてくる。路地の向かいのビルにつきそうな枝振りが素晴らしい。その路地を入ると、巣鴨教会の幼稚園の庭に、桜が点在し、更に細い道へと誘う。そこにも一本の桜があり、大塚一狭い道に咲く奥床しい木だ。
再び通りに戻ろう。校舎からしてピンク色の巣鴨小学校。学校に桜は似合うに決まっている。更に濃いピンクに塗られた外階段まで備える巣鴨小学校の桜に別れを告げ、最初の道を右に曲がる。突き当たりに東福寺の石段、その山門の横にはまた大きな桜が、絵のように咲き誇る。ここは大塚だっけと振り返ってしまうポイントだ。
巣鴨小学校真裏のルミネス樹林の前には、まだ壮年期の桜が、周りにツツジを従えて立っている。そのまま斜面を登らず、またまた元の道に引き返し、きょろきょろしながら歩けば、プラタナス通りに出る路地にも点々と庭の桜が枝を伸ばしている。日射しの具合によって、業務終了もあれば近日開店もあり、それが大通りや並木道にない楽しさ。
一本の道を頼りにしただけでも、可愛い花見が楽しめる。いや、こんな花見こそが地元ならでは。小道を侮るなかれ!
編集後記
今年も不忍ブックストリートで一箱古本市が行われます。今回は4月26日から5月6日まで、様々なイベントが企画されています。僕は25〜28日で、『谷中ボッサ』(http://www.yanakabossa.jp/)という喫茶店でミニ写真展をします。初日にトークイベントもします。詳しくはお店のHP、もしくは一箱古本市のHP(http://sbs.yanesen.org/)をご覧になって下さい。
| No.72/2008年5月1日号 |
ヘッドラインニュース
南口の『巣鴨教会』の正面玄関脇に、「からたちの花発祥の地」という石碑が建っている。経緯はまるで分からないが、あの有名曲が大塚で生まれたとは嬉しいではないか。碑に刻まれた五線譜の左肩に、「アンダンテ・トランキラメンテ(ゆるく静かに やや自由に)」と書いてある。「やや自由に」という言葉が、妙に心に残る石碑である。
![]()
大塚『小倉庵』三羽烏のひとつ、三業地にある店にようやく入ることが出来た。蕎麦は全て手打ちで、しかも一人前千円以上のメニューがないという素晴らしさ。「雪化粧」と名付けられた、辛味大根おろし蕎麦を食べたが、甘味を抑えた蕎麦ツユも嬉しい。他に「よいしょ」「てんぐ」「はごろも」という名前もあるが、さてその正体は……。
![]()
毎度お馴染み、旧ガン研跡地情報。看護婦寮があった坂道の上の敷地に、ようやく公園が完成した。『上池袋東公園』と命名されたその園内には防災施設が完備していて、災害用トイレや貯水槽もあり、野外用のかまどまで用意されている。従って遊具はほんの僅かで、ただ広場や原っぱがあるばかり。それが逆に、遊具の少ない方が公園らしいことを、如実に語っている。
![]()
北口『白木屋大塚支店』が竣工当時の写真を見る機会があった。屋上右角の塔部分には「シロキヤ」とカタカナで書かれ、山手線線路側には漢字で「白木屋」の文字。木製に見えるショーケースと、ゆったりした通路を併せ持つ売り場部分。バナナみたいな南国の葉が活け込まれた柱が何本も立つ食堂。その不思議なハイカラさ加減には、驚くばかりだ。
大塚カブト虫物語
今や虫も寄りつかない大塚だが、高度経済成長の時代には、トンボ、蝶、カタツムリ、カエル、トカゲにザリガニ、ついでに野良犬と、一通りの生き物を捕ったり見たりしたが、さすがにカブト虫は記憶がない。北口駅前に『カブト虫』という名のスナックはあるが、本物がいるという話は聞いたことがない。どうしても大塚でカブト虫が見たい人は、『西巣鴨公園』に行ってみよう。
ガン研通りを上池袋方向にしばし、左折すれば西巣鴨橋に至る交差点を、変則的に斜め右に入ると、ガン研通りと平行に走る狭い裏道に出る。その裏道に出る少し手前、『山口病院』の真ん前に、我が大塚が誇るムシキングがいるのだ。
一見町のありふれた公園といった風情。このサイズで公衆トイレは、なかなか贅沢ではないか。トイレの脇には「西巣鴨新田町会」と書かれたプレハブ倉庫がふたつ。今や徐々に貴重品となりつつある電話ボックスもふたつ。入り口近くの植え込みは地味だが、よく手入れされている様子だ。
近頃よく見掛ける、柵で囲まれた砂場の奥に、あんぐり口を開いた巨大カブト虫が、黒に近い濃い茶色のボディ、一対の足は前に、二対の足は揃えて後ろに伸びて、階段状になっている。背中は階段で、顔から角の下を通ってスロープが出ている。つまりカブト虫型滑り台という仕組みだ。背中の石段とスロープは濃い黄色で塗られ、ボディとのコントラストも映える。これ以外にはアスレチック風な遊具があるばかりなので、否が応でもカブト虫は目立つ。きっと子供達の間では、カブト虫公園の名で通っていることだろう。
広場を睨むように、キャッチボール禁止と犬を放してはいけないという看板が立ち、後方にはちょっとした築山と藤棚が配されている。その中央には一体何があったのか、縁石で囲まれた不自然な円形がある。藤棚の手前にも、煉瓦を積んだ元植え込みのようなエリア。隅の方には短いながらも散策路があり、ちょっとした斜面が藤棚に向かって続いている。
つまり公園の性格が一様ではないのだ。だからといって盛り込みすぎにも見えない。カブト虫の異形に気を取られていると、何か大きな意図を見損ないそうな『西巣鴨公園』だ。
編集後記
萬重宝3月号・大塚NOBU物語で話しました、旨い物飲み屋『NOBU』のご主人が、4月初めに急逝されました。今年になってから伺った時には、全くいつもと同じように見受けたのですが、本当に突然の旅立ちとなってしまいました。ご主人の話をもっと聞きたかったし、美味しい肴も食べたかったんですけど、もう叶わぬことになりました、謹んでご冥福をお祈り致します。美味しいお酒をありがとう!
| No.73/2008年6月1日号 |
ヘッドラインニュース
日本製モズライトを製造販売していた北大塚の小さな会社が、模様替えをした。オフィスという雰囲気を一新し、『ミュージック・ライナー』という店名で、楽器屋の風情に変身したのだ。以前の会社との関連性は不明だが、展示されているギターは全てモズライト。大塚では貴重な電気楽器販売店だが、かつての家内制手工業チックな雰囲気が消えたのが、少しだけ惜しい気もする。
![]()
駒込・六義園の入り口脇で異彩を放っていた上海チキンの店、『小閣楼』がいつの間にか大塚に引っ越してきた。南口『タサキ薬局』の真裏に看板を掲げたのだ。すぐ側に焼き鳥が旨い『澤正』及び、『天祖神社』手前にはチェーンの焼きトン屋『紅とん』、そして脇の焼き物小路。『富久晴』、『大提灯』と焼き物王国大塚の熱き戦いは続く。
![]()
大塚から世界チャンピオンが誕生した。北口『角海老ボクシングジム』の小堀佑介選手だ。 門外漢には聞いたこともないような軽い階級ではなく、ライト級というのが立派ではないか。去る5月19日の試合で勝った翌日の記者会見の時、ジムの周りには多くのギャラリーが集まり、小堀選手にカメラを向けていた。創立30年を迎える同ジムでは3人目の世界チャンプの誕生である。
![]()
悲しい事件が起こってしまった。萬重宝にも何度か登場した中華料理屋『美味斎』のご主人が、傷害事件に巻き込まれたのだ。原因などの仔細は知る由もないが、事件直後はヘリコプターも飛び交う大騒ぎとなった。この店の焼鴨飯や高菜麺、鶏肉カレー等のファンとしては、大ショックな事件だった。一日も早い回復と、営業再開を心から待ち望む。
大塚自動昇降物語
6月1日、JR大塚駅にとっては画期的事件が起きた。それは明治36年の駅開業以来の大事かも知れない。遂にエレベーターとエスカレーターが完成したのだ。ターミナル駅の池袋はいざ知らず、JR接続線の何もない巣鴨、目白、駒込に先を越され、辛酸を舐めてきた大塚が、ようやく日の目を見たのである。
乗降客に破格の差があり、都営三田線という実力派地下鉄が通る巣鴨には、その順序を譲らざるを得ない。しかも高岩寺という有名観光地も抱え、驚異の高齢乗降客を目の当たりにすれば、さすがのJRも手を差しのべぬわけにはいくまい。だが駒込も目白も乗降客数から言えば、大塚の下なのだ。駒込には南北線があると主張するなら、大塚にだって一寸の虫にも五分の魂、都電荒川線がある。しかも若干離れてはいるが、新大塚から老舗丸ノ内線が発着する。この2駅に抜かれる筋合いはない。
しかし現実は厳しい。学園&お屋敷町として名の通った目白、六義園周辺の高級住宅地を背景にする駒込に対し、大塚のチャームポイントは莫大な飲み屋数しかなかった。夜9時を回った頃の、決して賑やかとは言えない4駅を見比べて欲しい。目白、駒込は「静か」という言葉が相応しいのに、大塚だけ何故か「寂しい」と言いたくなる。駅前に広場があり、その空間の周りが薄暗いからだ。
こうして苦汁を飲まされてきた大塚駅に、ようやく一筋の光がもたらされた。目白、巣鴨、駒込と肩を並べられるようになったのだ。意外と目の不自由な方が多い大塚には、とても明るい材料と言えよう。階段の途中でひといきつく沢山のお年寄りや、身体のご不自由な方々にも朗報だ。
大塚駅が喜んでいる隙に、他駅は駅舎の改修にも取りかかっている。もう目白駅は数年前に驚異の進化を遂げた。もちろん大塚も負けてはいない。高架下の南北自由通路を中心とした新たな改札口を鋭意建設中である。工事に時間がかかっているのは、高架の内側に張り巡らされた頑強な鉄骨のせいだという。明治時代の鉄道工事の質実剛健さを思い知る。
あとはホーム周りが綺麗になってくれれば、大塚駅はそれまでの不遇な身の上を水に流し、健気に百年は働いてくれるだろう。
編集後記
大塚生まれの先輩に『ポルトガル坂』の話を聞きました。密集する住宅街の路地のような斜面にしか見えないんですが、ポルトガル大使館とも関係があるという南欧風の建物に由来するらしいです。界隈の人々が、ここをポルトガル坂と知っていた時代に、果たしてどんな風景が展開されていたのか、とても興味があります。恐らくは通称なのでしょうが、他にもニックネームが付いた道はないのか、とても気になっています。
| 次ページへ |