大塚南口、プラタナス通り(千川通り)と山手線ガードが交差する直前の細道に、「大塚三業通 入口」というネオンがある。待合、料亭、置屋があるのが三業地の定義らしいが、ネオンを消さないということは、どれも健在ということなのだ。でも残念ながら花街の賑わいはないどころか、その縁が辛うじて残る程度である。
ネオン脇の意味不明な『ぴこたお』というバッティングセンターとコンビニの間の坂を降りていく。午後3時以降通行禁止は有名無実な一方通行だ。『渡辺医院』の庇付きの可愛い看板を眺め、大塚屈指の高級店『なべや』と、錚々たるお客が集うバー『サム』の前を通り、坂が終わりかける手前が、この辺に北島康介が出没するという噂も聞くY字路。『千両』という旨い洋食屋があったのは遙か昔。今や風化しつつある乾電池の自販機と、お隣のアイスコーヒーのサンプルは、ともに大塚で一番渋い自販機&ショーウインドだ。
坂道は『金春湯』あたりで終わるが、この周辺が三業地通り唯一にして最大の商店街。恰好良い酒屋や有名な寿司屋、幾つかの商店が並ぶ一角に広々とした更地がある。小振りな食堂があったのだが、早くも記憶の彼方。そう、この通りは更地と駐車場がやたら多くなってしまった。ある場所はコインパーキング、ある場所は綱を張って立ち入り禁止、もう一本裏通りまで抜けている更地まである。
そこに出来るのはマンションだ。ここにどこまで高い建物が建設可能か知らないが、きっと更地の多くがマンション候補地だろう。
元々中小のマンションやアパートが点在し、脇道には迷路のような路地に木造家屋がびっしりあるところ。通り沿いの商店も、商売を止めて仕舞た屋化した建物も少なくない。朝早くから蕎麦打ちをする『小倉庵』と、その先の八百屋、花屋を境に、店舗は影を潜める。
何故か里芋が植わっているビルのプランターを眺め、紙くずや断裁紙を集める『志賀商店』に時折積まれている本の山に未練を残し、『あやめ運輸』から「夕刊フジ」と書かれたトラックの出入りを避け、印刷工場や工務店の活気を背に足を進めれば、道はさりげなく右にカーブし、プラタナス通りに突き当たる。
戦前の三業はなりを潜め、現在は飲み屋、集合住宅、駐車場がこの通りの三業と再確認するのである。 |