★映画評/『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』

 いかに主演とはいえ、ひとりの俳優だけが、これほど出ずっぱりの映画も少ない。ほとんど全画面にショーン・ペンがいるし、アップがやたら多い気がする。さらに、そのアップというのが、激情をあらわにしているか、鬱然と沈んでいるか、どちらかでしかないかのようで、そのひとつひとつが、こちらの胸に突き刺さる。

 実際のニクソン暗殺未遂犯にインスパイアされたサム・ビックという男が、どんどん墜落していく。浮上しようとしてすがる藁のすべてが、彼をいっそう沈めるためにしか役に立たない。この墜落の一部始終が記録されている。深まる苦悩、どんづまりの絶望が刻々に、演じるショーン・ペンの表情と姿によって伝えられるのである。

 気がつけば、周りのあれこれがかすんでしまい、彼から視線を離せない自分に気づく。

 原題の The Assassination of Richard Nixon(リチャード・ニクソンの暗殺)が挑戦的である。ニクソンはもちろん殺されはしなかった。犯人は、ホワイトハウスに突っ込もうと旅客機をハイジャックしかけ、失敗して射殺される。これは実話である。

 この経緯から9.11を思い出すのは勝手だけれど、『タクシー・ドライバー』のほうが、よりぴったりくる。デ・ニーロが演じたヴェトナム帰還兵は大統領候補を殺しかけた。その男の姓がビックル Bickle であった。トラヴィス・ビックル。この映画ではビック Bicke。サム・ビック。酷似している。

 気が狂うほどに追いつめられたとき、最後の決着をつけようと考える。心の重荷を背負うだけ背負い、ぎりぎりのバランスをとろうとして、差しで勝負する相手に、自らを投げ出す。その相手が大統領なら不足はない。アメリカ人はしぱしぱ、言葉の真の意味でラディカルである。

 切羽詰まりきった人間に共感を抱くのはむずかしい。ぼくはそれでも一度だけ、画面のビックに優しい目を向ける気持ちになった

 彼が、黒人革命組織のブラック・パンサー(黒豹)党ボルチモア支部を訪ねて寄付を申し出るくだりである。党名をゼブラ(シマウマ)党に変えて、黒人と白人の共存を目指したらどうかと、不審げな党員に提案していた。

 いいこと言うじゃないか。ところで、ピックくん、ぼくは1970年にカリフォルニア州オークランドにある、この党の本部に突入して、党議長ボビー・シールのかみさんとのインタビューに成功したんだ。官憲の急襲に備え、内部は真の闇。二度と出てこられないのではないかという思いにとらえられ、身体を戦慄が走ったものである。

 支部じゃないぜ本部だぜ、ヒラの党員じゃないぜボスの女房だぜ。ぼくはあまり意味のなさそうな比較をしながら、さらに意味のない優越感に浸った。

 上映中、スクリーンを離れて、意識を勝手に遊ばせられたのはこの数分間ぐらいではないか。それほどに密度の濃い95分であった。
2005.7.8.
初出=ミニシアターファンマガジン『プリクル』2005年夏号

映像メモ
『リチャードニクソン暗殺を企てた男』
2004年 アメリカ
ニルス・ミュラー監督
上映館=テアトルタイムズスクエア、シネセゾン渋谷、銀座テアトルシネマなど。.27.]

[2005.7.8.]


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