★西海岸からのメール「続・1月27日のデモ」

 ↓室謙二さんからのメール。

ワシントンのデモに参加していないので、それはどんなものだったのかは分からないのですが(今朝、ワシントンのデモに参加した友人の一人から長文のメールが来ました。いずれ要約して報告しますが、どうやら私たちよりずっと楽観的な様子です)、サンフランシスコのデモに参加した私とNancyは、いささか元気をなくしました。状況の深刻さに比べて、参加人員の数が数千人というのは、サンフランシスコ湾地域としては少ないと思う。もっとも短期間のインターネットでの組織にしては、いいのかもしれない。

次にやはり若い人の参加が少なかったことです。とくに学生の世代は、ほとんどいない。組合運動が積極的に人を集めて、そこには若い人もいましたが、ともかく彼ら彼女らの集会とデモのスタイルは、オールドファッションもはなはだしいのです。それはそれで感動的だとは言えなくもない。

もうひとつ積極的に参加していたのは、パレスチナ運動のグループで、これはこの何年かサンフランシスコの集会とデモでは、いつも表面に出てきます。彼らはセクト的で、演説もスローガンも、すべてをパレスチナ問題と反イスラエルに還元してしまう。そして自由参加の人々を、利用の対象としか見ていないように思えます。

このグループにも若い人はいました。しかしそれ以外の、つまり自由参加の人びとは、ベトナム世代の年寄りばかりなのです。私にはそう思えるのです。

同じような感想は、イラク戦争が始まる前の抗議デモのときも感じていましたが、あのときはもっと若い人の自由参加があった。子供をつれた若いカップル、赤ん坊をカートにのせて歩いている若いカップルがたくさんいたし、何か、新しいことが始まる雰囲気があったけど、今回はそれが後退しているかもしれない。これがサンフランシスコの地域的なことならいいのだけど。でもテレビを見ると、ワシントンのデモにはジェーン・フォンダが壇上から演説しているし、ジェシー・ジャクソンがテレビインタビューに答えているし、みんな昔の人です。

集会参加のあと、カフェでNancyと休んで話をしていて、彼女曰く「ちょっと元気のなくなる体験ね、時間とエネルギーの使い方として、こういう旧式な政治に参加するのではなくて、それを私たちの仕事についやした方が、社会に対するインパクトは大きいのではないかしら」とのこと。

それに対して私は、私も元気を失ったことは同じだけど、デモクラシーを実現するためには、投票と議論だけではなく、直接行動が必要で、それが旧式であろうが、ともかく新しいスタイルが登場するのを待ちつつ、デモに参加し続けるより方法がない、とまるで公式的な意見を言うはめになりました。するとあなたもオールド・レフティなのね、と彼女は私の議論に不愉快なコメントを付け加えたが、しかしこれは訂正させましたよ。

しかしNancyの言うことも正しくて、私たちには、このデモ参加から得る知的刺激がすくなく、あるのは義務感のようなもので、一番興味深くて楽しかったのは、解散地のステージからちょっと離れたところで行なわれていたデモ参加者向けの音楽と踊りだとしたら、デモとストリート・フェスティバルとはどこが違うのでしょうか?

彼女はインターネット上の政治が力を持つ可能性がある、現に力を持っていると言うけど、私はそれが直接行動と結びつかない限り、現実の政治の力にはなり得ないと、これまた公式的な意見を言うほかはないのです。

追伸。友人のワシントン報告についていずれ、通信を書きます。彼によれば、ベトナム反戦時代の活動家ですが、デモは15万人規模であって、新聞のTens of thousandsという表現は当たらない、とのこと。

(室謙二)
07.2.2.


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