| ★人間はオオカミと共存できるか? |
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去る7月16日、アメリカ政府の内務長官ゲイル・ノートンは、絶滅の危険があったグレイ・ウルフ(ハイイロオオカミ)が順調に殖えているとして、中部から北東部の21州の地域について復活宣言をした。同地域で絶滅危惧(きぐ)種の指定を解除する意向だ、と述べていた。
朗報である。当サイトは、いまから9年前、『ファクス・マガジン WAVEtheFLAG』として発行されていた当時、「人はオオカミと共存できるか」というレポートを掲載した。(6号・1995年2月) アメリカ北部へのオオカミ帰還作戦を描いたものである。4組のグレイ・ウルフがカナダから運ばれてきたばかりであった。反対運動も根強くつづいて、前途は多難を思わせた。それがいまでは、ミネソタ、ウィスコンシン、ミシガンの3州で計約3200頭まで増えた、という。カナダから個体を移送し繁殖させたイエローストン国立公園の周辺でも、数百頭が生息するようになったと伝えられる。 そこで、当時の記事を以下に再録することにする。あのときといまと、我々はまるでちがう時空にいるかのようである。右手を高く掲げてオオカミ保護に邁進してきたアメリカは、いま、左手を人間の血だまりに浸している。 かつてオオカミを生態系から追い出した人間が得たものは、生態系そのものの破損であった。サダム・フセインが「人間界のグレイ・ウルフの頭目」であったとすれば、彼を除去した後に、我々はどんなしっぺがえしを受けることになるのか。 |
「動物世界のサダム・フセイン」か■
1857年、ユタ州南部のマウンテン・メドウズと呼ばれる地点に野営していた移住者たちに、インディアンの協力を受けたモルモン教徒たちが襲いかかり、120人を殺害したことがある。マウンテン・メドウズ虐殺事件として、知られている。当時の雑誌『ハーパーズ・ウィークリー』が、事件を報道した際に描かれたイラストは、月とオオカミである。オオカミたちは満月に向かって吠えながら、白骨と化した死骸をあさっている。恐ろしく、醜く、獰猛で、そして残忍な人間の敵。これが、オオカミのイメージである。
モルモンの指導者ブリガム・ヤングが、敵対するアメリカ政府の軍隊について、「彼らが信用できないのは、オオカミに夕食の番を頼めないのと同じである」と述べたことがあるが、人間にとってオオカミは不倶戴天の敵というところであろうか。
「赤頭巾ちゃん」の童話でもそうだが、オオカミはかならずと言っていいくらい、悪役を振り当てられてきた。
しかし、実際には、月が満ちるからと言って、この動物は吠えたるわけではない。また、死んだ人間はともかくとして、生きている人間に健康なオオカミが襲いかかることも、まずないという。「動物世界のサダム・フセイン」あるいは「殺人マシーン」の異名をとる彼らだけれど、血に飢えて、殺しまくるようなことはしない。オオカミと遭遇したオオジカの集団160頭のうち、殺害されたのは6頭で、そのほとんどは、病気だったり老いて弱ってるシカだったという観察記録もある。
彼らオオカミの真の役割は、自然の秩序の調整者というところにある。増え過ぎた動物を殺し、群れをなし俊敏に動き回ることによって、他の動物に圧力をかけ、適者生存の原則を貫く。オオカミがいるかぎり、生き残るのに適さない動物は淘汰されるので、勝手に増殖し餓死するようなこともない。「人工制限」が行われるということは、植生に負担がかからないということでもあり、植物はつねにいきいきとして地を覆う、と言われる。
政府と民間組織の共同戦線■
1995年の1月、イエローストーン国立公園に、ほとんど70年ぶりにオオカミが戻ってきた。『ニューズウィーク』誌は「土着の帰還」とこれを呼び、ABCテレビの政治記者、サム・ドナルドソンは、「ワシントンにはオオカミが多すぎるからなんとかしてくれ」と軽口を叩いた。政治コラムニストのジョージ・F・ウィルになるともう少し上品に、「アメリカ政府は、自然と環境の管理はうまくやっているようだが、都市の人間の管理に失敗した」と表したものである。
イエローストーンは、アメリカ最初の国立公園である。白人がヨーロッパからやってきたころに当地に生存していた動物のすべてを、もう一度集める努力がつづけられてきたのだが、オオカミだけが欠けていた。今回「帰還」を果たしたのは、カナダから陸路で運ばれてきたグレイ・ウルフ8頭である。ここには、したがって、破壊され尽くしたアメリカの自然を元に戻すための切り札という、シンボリックな意味がこめられている。
かつてのアメリカでは、どこでもオオカミを見ることができた。しかし、西を目指したパイオニアたちは、「家畜を餌食にする」オオカミを徹底的に憎み、政府の主導で絶滅作戦がつづけられた。最後の群れが葬られたのが1926年のことである。殺されたオオカミの総数は10万頭に及ぶと言われる。したがって、オオカミの殺戮は、合衆国をつくりだすための西漸運動を鼓舞する「進軍ラッパ」のひとつだったと考えられる。
いったんは要らないから死んでもらおうと言っておきながら、今度は手のひらを返すように、必要になったから戻ってくれ、と言うのも、ずいぶん身勝手な話である。
1982年に、魚類・野生生物保護局(F&WS)は、ハワイ、アラスカ、ミネソタ以外の47州で絶滅寸前の動物に指定されているグレイ・ウルフを、イエローストーンと、アイダホ州の中央部およびモンタナ州北西部に、「実験的に」連れ戻すプランを発表した。食物連鎖の頂点に建つオオカミを導入することで、自然を自力回復させようというところに、その最終的な目的があった。(なお、アラスカには6000頭が生息している。ハワイにはもともといなかった。ミネソタの場合は若干残っているので、ワンランクちがいの「生存を脅かされる」に分類される。)
それから10年あまり、この計画がようやく実現にこぎつけることになった。これだけ遅れたのは、強力な反対勢力があったからである。150回におよぶ公聴会が開かれ、調査に1,200万ドルが投じられた。粘り強い合意形成の努力の末に、オオカミはとうとう帰ってくることになった。
議会サイドでは、西部選出の議員の多くが、オオカミの導入に反対する立場をとってきた。この動物をゴキブリにたとえる議員もいたし、ある上院議員は、人間への脅威をひたすら強調した。モンタナ州選出の上院議員にいたっては、「イエローストーンにひとたびオオカミが戻ると、1年以内に子どもがひとりは死ぬだろう」と不吉な予言までした。彼らのバックに、牛や羊を噛み殺される恐怖から逃れることができない牧畜業者の圧力団体が控えていることは、もちろんである。
議会内からのプレッシャーに対して、政府機関がとった姿勢のちがいが興味深い。国立公園局が、オオカミに関する情報キットの送り出しをはじめると、さっそく、反対派の議員から抗議を受けた。すると、さっさとやめてしまったのである。ところが、魚類・野生生物保護局の場合は、絶滅寸前の種を回復するために必要な方法と手続きのすべてをとるのが、連邦機関の役割だとする立場を貫いた。
ここには、アメリカを代表する「オオカミ生物学者」のL・デイヴィド・ミーチ博士がいる。博士は、戦後まもない1949年からグレイ・ウルフの生態を追いつづけてきた。その詳細なデータをバックに、「オオカミが、獲物を襲うようにして人間を襲うとすると即死であろう。これまで記録されている、いわゆる攻撃は、威嚇か自己防衛の行動でしかない」と博士が言うとき、十分な説得力がある。魚類・野生生物保護局の強い態度は、博士が積み上げた研究成果を踏まえてのことである。(もっとも同じ政府機関は、メキシコ・オオカミのロボを殖やそうとした、牧畜業者の反対に遭い、簡単に屈服している。)
なお、実験的な導入の場合には、オオカミが家畜を攻撃したら殺してもいいことになっている。反対をかわすために、この条件を強調したのである。そこで、野生生物保護団体「ディフェンダーズ・オヴ・ワイルドライフ」が、87年に補償金制度を設けて、及び腰の政府に援護射撃をはじめている。10万ドルの基金をプールして、家畜を殺された牧畜業者には、このなかから補償金を払おうというものである。
オオカミは、めったに牛や羊を襲わない。オオカミの生息地域があるミネソタ州では、牛2000頭につき1頭、羊は1000頭に1頭やられているにすぎない。「それでも家畜への被害が心配で反対するのなら、我々がオオカミに代わって弁償しましょう」というわけである。これは、それほどまでにオオカミに戻ってきてほしいのだという、わかりやすい説明にもなっている。
補償金制度ができる前年の86年から、カナダとの国境に近いグレイシア国立公園にいた、カナダ出身のオオカミが、木材積み出しのルートをたどり、勝手に南下をはじめた。結果、モンタナ州で50頭、隣りのアイダホ州でも10頭あまりを数えるようになっていた。87年から95年はじめまでに、モンタナの牧畜業者20人ほどが、自分たちの家畜がオオカミの被害に遭ったと申し出て、「ディフェンダーズ」から総額で17,000ドルの補償金を受け取っている。
政府と民間双方の「親オオカミ派」は、この動物の必要性を世論に訴えながら、反対派の抵抗を弱めるための提案をつぎつぎに実施に移した。オオカミが人間または家畜を脅かすようなことがあれば、捕らえて除去すると政府が約束すれば、保護団体のほうは、イエローストーン国立公園の周囲に金網フェンスを張り巡らせるための寄付を募るなど、連係プレーが展開される。
ふたたびアメリカの荒野を彷徨いはじめたグレイ・ウルフは、道路や人間の居住地に妨げられて、イエローストーンまではまだ到達できていない。そこで、94年11月に、魚類・野生生物保護局が、カナダの毛皮ハンターたちに、グレイ・ウルフの捕獲を依頼した。反対の垣根を取り払える見通しがついたので、オオカミを捕らえて運んでこようというのである。自分たちでやってくるのを待っていては埒があかないということか。
一方では、オオカミ導入差し止めを求める訴訟が裁判所に提出されて、牧畜業者の団体が最後の抵抗を試みた。結局、注射で眠らされたオオカミがカナダ国境を越えて運ばれてくるのは、年が明けてからになった。
人間たちのなかへ■
東海岸のノース・カロライナ州では、別の種類のオオカミ、レッド・ウルフ4つがいを、アリゲーター川のほとりの保護区に放った。1988年のことである。彼らのその後が、イエローストーンのグレイ・ウルフがたどろうとしている道を示唆しているようである。アメリカ政府が、真剣に種の回復をはかり人間との共存を実現しようとしているのがわかる。
95年現在で、この4組が50頭に殖えた。90年には、単なる「実験」から、正式な「種の保存プログラム」に切り替えられ、これと相前後して、近くの連邦保有地がオオカミたちに開放された。さらにはこの動物が私有地に入ることを認めさせようとし、土地所有者側が抵抗するという、新たな戦いがはじまってもいる。
もちろん、この場合も、オオカミが家畜や人間の脅威になったら、これを撃ち殺す自由が認められている。これを前提としながら、「絶滅寸前の種」を意図して殖やし、さらには、積極的に人間たちのなかで生きさせようとしている。動物を「保護」し「管理」もするけれど、段階を踏んで「自立」させ、生態系にふたたび組み込まれる方向を目指すのである。
そのための手助けを人間がする。したがって、イエローストーンのグレイ・ウルフも、動物園のように囲い込まれるのではなくて、人に混じり合わせようと目論んでいる。金網のフェンスはあくまでも一時的な措置、言い方は悪いが、反対派の懐柔策と考えられる。
こうして、人間と野生生物の間のバリアを少しずつはずしていく。これをいかにスムーズに進行させるか、政府機関の、そして動物保護団体の手腕にかかっている。
カリフォルニア大サンタバーバラ校のダニエル・ポトキン教授(生物・環境学)の言う「人類は自然の悠久のリズムを乱す侵入者ではなく、自然秩序の構成要素のひとつである」とする自然観に立つならば、オオカミとの共生もまた、必然のはずである。
ポトキンは、アメリカムシクイドリという鳥が、山火事のおかげで生き延びている例を挙げている。この鳥はもともとバンク松の森で生息していたのだが、その森がなくなりつつあり、鳥の数も少なくなっていることがわかったという。この松の実は、山火事の炎に温められると種子を放出し、その種子が、火事でできた空き地で発芽する。ところが、州当局が山火事の防止に努めた結果、松の再生産がむずかしくなってしまったのである。
この調査をした科学者の勧告から、1976年以来ずっと、定期的に山火事が起こされるようになった。そこで森が残り、アメリカムシクイドリも生き残っているという。人間にできることは自然の活動力に同調することだと考えるならば、壮大な管理ではなくて、「消滅の可能性を最小限にするぐらいのささやかな対策」が求められる。
アメリカムシクイドリに比べたら、オオカミはずっと派手な存在である。しかし、その呼び戻しをはかった人々の考え方は、けっして派手なものではない。
人間の生活の現在との妥協を模索しながら、オオカミへの偏見にも、真正面から刃向かうのではなくて、一歩退いて譲歩の姿勢をとる。もちろん、動物の「自由」を確保するという目標が変わることはないわけだが。
自然に対する思いをいかに持続させるか、この点を問いつづけるのである。
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[2004.7.20]
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