★「郊外」はいかに生まれ、死んでいくか
特権がつきまとう■
『リーサル・ウェポン』というハリウッド映画がある。大ヒットして、シリーズ化された。この映画が成功した第一の要因は、黒人と白人の刑事コンビの「おかしみ」である。
黒人のほうは、郊外の瀟洒な住まいに、幸せな家庭生活を営んでいる。クリスマスともなれば、豆電球を連ねてライトアップするような家だ。ところが、一方の白人刑事は、気ままなと言えばきこえがいいが、アテのないひとり暮らしの身である。
常識的には、これは逆でなければいけない。家族に囲まれて、安穏な暮らしをするのは、白人のはずである。この常識を逆手にとって、そこから笑いを引き出すアイディアが、観客の心をつかんだ。
「郊外」suburbiaというコンセプトには、つねに特権がつきまとう。都市の中心部に暮らさなくてはいけない階層と、そこから離れて暮らすだけの資産と収入と、それに社会的な地位のある階層とが、画然と分かれる。
この風潮が顕著になったのは、第二次大戦後である。戦後のアメリカは、戦禍のために疲弊したヨーロッパや日本を尻目に、繁栄を謳歌していた。戦争中の空白を経て、人々は、私生活での満足を求め、消費が拡大していった。
都心を離れて郊外に家をつくり、父親だけが、クルマや通勤列車で会社のある都市に通勤する。生活の拠点はあくまで郊外の住宅地にあって、そこでの日々をいかに楽しくするかに、みなが心を砕いたものである。
だから、まわりもちでパーティをする習慣も生まれたわけだし、巨大なショッピング・モールで、すべての買い物ができるようにもなった。
戦後経済の勃興が生み出した、潤沢な可処分所得が、郊外生活を支えていた。
笑うしかない■
しかし、一方には、人々はめったに口に出そうとしない現実がある。それは、豊かな暮らしの恩恵に浴さない人たちの存在である。アフリカン・アメリカンを中心とする少数民族は、戦時中から、仕事を求めて都市へ大量に流れ込んでいた。この大移動が白人の脅威になった。戦後の郊外化には、異民族の都市侵入を逃れて、多数派の白人たちが、郊外に居を移したという側面がある。
郊外化は、差別と切り離せない関係にある。数年前、ロサンジェルスで、ロドニー・キングという黒人男性が、深夜の路上で白人警官たちに殴打され、その現場がヴィデオに記録されていたという事件があった。このヴィデオが公表されて、加害者の警官たちは告発され、裁判になった。
その結果、警官は無罪であった。裁判は、白人居住者が大多数を占める郊外で行われ、地元住民で構成する陪審団が、「白」に味方したわけである。しかし、黒人たちは黙っていない。執拗な抗議がつづき、もう一度裁判が実施された。今度は、LAの中心部に裁判地が移されて、逆転有罪となり、「黒」の勝利に帰した。
都市中心部と郊外が、いまに至るも黒と白にくっきりと色分けられされていることが、よくわかるケースである。実際、白人だけの住宅地に、黒人の家族がたったひとつ引っ越してきただけで、数年を経ずに、一帯が「真っ黒」になってしまうのは、珍しいことではない。
「リーサル・ウェポン」のおかしさは、現実のきびしさと背中合わせになっている。それだけに、アメリカ人は笑わないわけにはいかないのである。笑う以外にどう感情を表現するのかわからないでいる。
都市の未来は明るくない■
ところで、1970年代の後半に、exurbia(ex+suburbia)という新語が登場した。exは、「外」を意味する接頭辞で、郊外のさらに外の地域ということである。郊外化はとどまるところを知らず、都市の外縁部のさらに外にあるスモール・タウンにまで及びだした。
のどかだった田舎で、急に住宅開発がはじまり、見慣れない連中がうろうろしはじめる。日本でも「ニュータウン」周辺でよく見られる光景だが、自然環境の破壊が問題にされるようになるのは、このころからである。都市へ向かう交通量が急に増えて、道路の渋滞が、住民の神経を苛立たせる。
戦後にはじまった郊外化は、とうとう来るところまで来た。
もっとも、最近では、ハイテク・ビジネスの成長が、別な動きをつくだしている。メトロポリス(大都市)の周囲に、衛星のように小都市を配置して、仕事と暮らしを自足させるシステムが、すでに各地で動き出した。大都市へまで足を運ぶ必要がない。大都市あっての郊外は「立つ瀬」がなくなってしまいかねない。
やがて、「郊外」が死語になる日がくるかもしれない。それは、都市そのものの、けっして明るいとは言えない未来をも暗示しているわけなのだが。★
(2001.8.28.)