★禁煙戦争の嘘偽りない内幕

「禁煙ファシズム」?■
 「喫煙をめぐっては重大な健康問題があるが、にもかかわらず、タバコは、多くの成人が楽しむ、合法的な製品である。政府と健康管理当局が、危険な行為を避けるよう、人々に促すことは適切であるとはいえ、成人から喫煙の権利を奪い、これを禁じるべきだとは我々は思わない。喫うべきか喫わざるべきかの決定は、成人ひとりひとりに委ねられるのが適当である」
 このように、注意深くしかし断固として喫煙の権利擁護を謳っているのは、フィリップ・モリス社のウェブサイトである。同社はアメリカの紙巻きタバコメーカーのナンバーワンで、その市場占拠率は50パーセントに届こうかという勢いを示している。
 この宣言を、メーカーの自己弁護と片づけてしまうのは易しい。しかし、これをよく読めば、ふたつの重要な指摘が含まれていることに気づくはずである。
 ひとつは、喫煙は健康に悪いから禁煙して健康をなるべきだとする健康第一主義にとりつかれ、その結果日々の楽しみを放棄するのはまちがいだとする主張である。健康でありさえすればいいという風潮を嫌悪している。
 もうひとつ、国が市民に対していろいろ助言するのはそれなりにいいことだが、個人がやりたいことに口出ししないでくれという姿勢がここにはある。
 日本でもアメリカでも、「禁煙」の旗印には、だれも逆らえない。そんななかで喫煙していると、蛇蠍の如く嫌われる運命にある。(断っておくが、筆者はタバコとは無縁の人間である。年に2回ぐらい、酔っぱらったついでに喫ってみたりするけど。)
 こうした流れに抗して、胸を張り、「いいじゃないか、俺にはこれが楽しみなんだ。俺の勝手にさせてくれよ」と言えない雰囲気が年々醸成されている。これは、禁煙ファシズムとも言えるのではないか。冒頭のメッセージは、タバコ企業の立場を表明したものとはいえ、そのことで、表現の正しさが少しも減じられはしない。
 
タバコ戦争の現在■
 もっとも進んだ禁煙社会は、アメリカである。世界に10年は先駆けているという。
 最近の統計では、ひとりあたりの紙巻きタバコ生産量は、10年前の年間2,810本から、1999年は1,633本へと、42パーセントも減少している。
 それにも関わらず、いまも年間40万人のアメリカ人が、タバコが原因の病気で死んでいく。禁煙運動の旗手にレスター・ブラウンという人物がいるが、彼によれば、これは、第二次大戦で戦死したアメリカ人の数に匹敵するという。
 死屍累々のタバコ戦場を前にして、禁煙の情熱もまた激しく燃え上がるわけである。その最前線ではいま、ニコチンの尿内含有量測定をタバコメーカーに求めるという、はじめての試みが行われようとしている。
 これはマサチュセッツ州の公衆衛生局が言い出したもので、主要ブランド15品目のメーカーに対して、各ブランド毎に65人の喫煙習慣を観察することを義務づけようとしている。その一環として、喫煙者の尿を24時間にわたって検査し、血流内にニコチンなどの発ガン物質がどのぐらい含まれるかを測定させようとしている。
 喫煙者に、タバコを一服すると体内でなにが起こるかを正確に知らせるのがメーカーの義務だというのが、その根拠である。早ければ、秋には実施されることになるであろう。
 同じマサチュセッツ州では、5年前に、タバコメーカーに対して、紙巻きタバコに含まれる物質について正確な情報を提出するように求めた。メーカー側がこれを拒否して、現在法廷で争っている。さらに3年前には、タバコから出る煙の成分を明らかにすることを要求し、これについては、昨年のはじめに業界からすでに成分表が出ている。
 このような推移からは、タバコになにが含まれるのかを徹底的に洗い出し、それらが人体にどのような影響を与えるかを克明に明らかにしようという姿勢が見てとれる。
 アメリカの連邦および州当局が仕掛けるタバコ戦争は、新しい段階に入ったようである。これまでは、喫煙できる場を制限して社会的にタバコを締め出すことに主力をおいていたが、いまや人間の身体そのものを主戦場とする、いわば白兵戦にもちこもうとしているからである。
 戦争の発端を振り返ってみれば、旅客機のなかで喫煙席と禁煙席を分けたのが最初であった。間もなく機内の全面禁煙に発展した。日本などの諸国もいまでは、これに倣っている。さらに、昨年6月4日からは、アメリカを発着地点とする国際線にも、完全禁煙を義務づけている。他国領に等しい外国の航空機の機内に、アメリカの基準が適用される。
 レストランでも、現在、カリフォルニア、ネヴァダ、メリーランド、ミネソタ、ヴァーモントの5州は、店内でまったく喫煙できない。もっともきびしいのはカリフォルニア州法であり、酒場やプライベート・クラブでの喫煙も許されない。
 昨年、東部のフィラデルフィアで市議会に上程された禁煙条例案は、公共の場での完全禁煙を実現しようとするものだが、禁止区域に「レストランの建物から20フィート以内(7メートル弱)」も含まれる。これはオープン・カフェなどを想定したもので、「外に出ればいいだろう」と軽い気持ちで一服というわけにはいかなくなる。
 電車などの公共交通機関や、オフィスももちろんいけない。禁煙占領地域はほぼ完璧になりつつある。つづいては、タバコから人体を奪還する戦いへ重点を映そうとしているのではないか。おそらくは、これが最後の攻防戦である。
 もちろん、肺ガンや心臓疾患をはじめ、タバコ関連の病名の特定は以前から行われ、すでに25の病気と喫煙の因果関係が医学的に証明されている。さらに一歩進めて、「悪い」タバコに蝕まれる人間というイメージを、より具体的に、より鮮明にしようとしている。
 この点で注目すべきは、「喫煙はインポの最大原因だ」とする研究結果である。タバコが冠状動脈をブロックして心臓病の原因になるのはよく知られている。しかし、その以前の段階で、末端の血管を収縮させ勃起不全に陥らせるというものである。
 カリフォルニアでは、このテーマのテレビ・コマーシャルが話題になった。男女がいい雰囲気になったところで、男がくわえたタバコが突然垂れ下がり、これを合図に全ては終わってしまうという映像で、若い世代にショックを与えることに成功した。若者は、心臓病で死ぬのはピンとこないけれど、セックスができなくなる怖さならよくわかる。
 アメリカでは、圧倒的に優勢な「禁煙支援軍」が、バルカン戦争のNATO軍顔負けの執拗な攻撃で「喫煙防衛軍」を追いつめ、遂にその中枢部隊を叩きのめす寸前まで来ている。これが、タバコ戦争の現在である。
 
アメリカ政府の強腰の背景■ 
 ここにひとつ疑問がある。「禁煙支援軍」は、なぜそれほど執拗に攻撃をしかけるのか。タバコ「支援軍は明らかに政府機関に主導され、長期にわたる、ねばり強い戦いを挑んできた。この「なぜ」への答えは、長い戦いを振り返ることで、自ずと明らかになるはずである。
 連邦政府の医療行政のトップに立つ医務総監が、タバコと健康の関連について、はじめてレポートを発表したのは1964年のことである。その2年後には、タバコのケースに、喫煙が健康に有害である旨の警告が記載されるようになった。
 アメリカ人一般が、タバコの害について真剣に考えはじめたのは、1963年のことだったと考えられる。この年、エドワード・マーロウが、片肺切除の手術を受けた。
 マーロウは、伝説のニュースキャスターである。1950年代のCBSテレビ、というよりもテレビ界全体に君臨した。日本のキャスター諸氏、久米宏氏や筑紫哲也氏の系譜をたどれば、最後はマーロウに行き着くほかにないといった超大物である。
 CBSを退いた後、彼は、当時の共産圏を対象にした宣伝活動を統括するアメリカ情報庁の長官を務めていた。63年に、フィラデルフィアで演説中に喉の異常を訴え、肺ガンと診断された。一週間後には左の肺をそっくり切除するほどに、病状は進んでいた。それから2年後の65年に死去している。
 マーロウは、キャスター時代に、タバコが肺ガンの原因になるかどうかを検証するテレビ・ドキュメンタリーをつくったことがある。彼自身、ヘビー・スモーカーで、一日に60から70本は喫った。「タバコなしで30分とは心安らかにいられない」と語っていた。
 さらに、もっとはっきりと、タバコと結びつく彼のイメージがある。CBS時代の人気番組『パーソン・トゥ・パーソン』で、冒頭に登場するマーロウは、椅子の背に腕ををもたせかけて座りながら、片手の指にタバコをはさみ、口元から煙を優雅に吐き出しているというのが、おきまりのポーズであった。
 この映像は人々の脳裏に焼きついている。だから、だれもが「あのタバコが、彼を死なせた」と納得しないわけにはいかなかった。アメリカ人は、その死に深い衝撃を受けた。
 マーロウの前のアメリカ情報庁長官は、ジョージ・V・アレンという人物だが、アレンは、退任後、タバコ企業各社が共同で運営するタバコ研究所の所長になっている。タバコ研究所は1999年に閉鎖されるまで、タバコ有害説に対抗する強力な広報機関であり、議会などへのロビー活動の拠点であった。
 対共産圏プロパガンダのプロを「研究所」のボスに迎えているわけで、タバコ業界がいかに広報宣伝に腐心していたかがわかる。キャスター時代に喫煙と切り離せないイメージをつくりあげたマーロウは、何事もなければ、タバコ業界が三拝九拝して迎え入れたかったキャラクターだったはずである。
 そのマーロウを殺した病いの元凶として、タバコが告発され、60年代半ばから、州や連邦政府が一斉に禁煙キャンペーンに乗り出してくる。事態は急転しはじめた
 タバコ業界は、銃器業界とともに、アメリカ政治に於いて最大の圧力グループである。タバコの葉から製品に至る各段階で発生する税金が、ヴァージニア、ケンタッキーなどタバコ産業が本拠にしている州の地元政府はもちろん、連邦政府にとっても巨大な財源となってきた。業界からの政治資金を、民主、共和の両党ともに頼りにしている。
 (日本ではいまも、厚生省は禁煙に取り組みたいのに、タバコの税収を重視する大蔵省によって押さえ込まれているという。)
 ところが、次第に明らかになっていったのは、タバコが原因の病気の医療費負担が、高齢者医療保険のメディケアをはじめ、政府予算を圧迫していることであった。その度合いが年々増していく。これが、政府機関を禁煙へ向かってヒタ走らせる「高性能ガソリン」の役割を果たすことになった。業界から徴収する税金などよりも、タバコのおかげで増える病人の治療に支出する金額のほうが、どんどん大きくなった。
 1998年11月、画期的な協定が成立した。タバコ業界が、50州の州政府に対し、25年間に2,510億ドルを支払うことに同意したのである。この額は、アメリカ人ひとりあたり1,000ドルに及ぶが、市民ひとりひとりに支払われるわけではない。あくまで、各州政府が支出した医療費をカヴァーするものであることに注意を喚起したい。
 なお、これが業界にとっていかに大きな負担になったかは、2000年の1月までの2年間で、アメリカの紙巻きタバコの卸価格が、ワン・パックあたり79パーセントも値上がりしていることでわかる。
 この協定に呼応して、99年、クリントン大統領は、連邦政府の医療費負担に対しても、タバコメーカー各社に支払いを求める訴えを起こした。

だれのためのキャンペーンか■
 この経緯から明らかになるのは、健康回復が旗印の禁煙キャンペーンは、なによりもまず、政府へのオトシマエを払わせるためであった。さらに言えば、体裁のいいタテマエを言い回って、結局、行き詰まった医療行政のツケを肩代わりさせることに成功した。政府機関が必死になったのは、このためではなかったか。
 これに便乗しようとする手合いもいる。生命保険会社数社が、タバコ企業は保険加入者をニコチン中毒にする「陰謀」を企てたのであり、その結果としての医療費は不当だから返せという訴訟を起こしている。
 タバコ最大手のフィリップ・モリス社の株主たちも集団訴訟で、企業の誤ったビジネス行為で株価が下落したと訴えていたが、これは、1億ドル近くの補償金で示談が成立している。
 寄ってたかって獲物に襲いかかっている。
 一方、喫煙によって病気になるなどの被害を蒙った個人が、メーカーを訴えた訴訟で勝訴したケースは、筆者の確認しているかぎりで6件しかない。しかも、そのすべてが、控訴審でひっくり返されたり、なお上級裁判所で審理中だったりしている。タバコを喫って中毒症状を起こしたから製造業者は責任をとるべきだとする訴えに、実際に賠償金などが支払われたケースはまだないはずである。
 昨年4月、フロリダ州で、喫煙者へ巨額の賠償を支払うのが適当とする陪審員評決が出た。適用該当者は州内で50万人にも及ぶと見られるが、州議会でははやくも、各人の「被害」が確定できるまで支払いをストップしようという動きが出ている。喫煙者がなんらかの利益を受けるのはいつか見当もつかない。
 禁煙の風潮が強まるのは、タバコを喫わない側にとって、歓迎すべきことである。だからと言って、タバコ有害のキャンペーンに易々と乗っていいのであろうか。
 アメリカの禁煙史をたどれば、だれがトクをしているかは明らかである。長いことタバコの税収で潤ってきた政府機関が、いままた、タバコメーカーからの「上納金」に恵まれる。保険企業やメーカーの株主まで、その余慶に浴しているらしい。
 しかし、有害物質で被害を受けた喫煙者あるいは受動喫煙者(自分では喫わないのに煙で迷惑を蒙る人)それぞれへの対応は遅々として進まない。また、喫煙の有害を承知したうえで、喫いたいものを喫わせろという個人の自由には枠がはめられて、その枠は次第に窮屈なものになっていく。
 これは、マシャクに合わない。★

2001.2.21