「私は、祖国を守る手助けをするために、老人部隊を組織しつつある。現在の危機には、とくに老人たちが、最前線に進み出て、真実を語り、文字どおり、自由と自身の生命を賭することが求められている」
ディック・オースティンという人の呼びかけ「
老人よ、我等が自由を守るために来れ」の最初の部分である。
この文章は、去る 6 月 12 日に、ワシントン DC からさほど遠くない、ヴァージニア州ロウノークの地方紙『ロウノーク・タイムズ』掲載された。筆者のオースティンは、プレスビテリアン派の牧師になって
40 年というから、かなりの年配と思われる。
老人から、このような声があがるということは、アメリカ人が抱いている危機感がいかに大きなものであるかを物語っている。
いまから 30 年前、アメリカ人はマギー・クーンという、老いたヒロインを持っていた。彼女は 1971 年に、「グレイ・パンサー」と名乗る老人解放組織をつくった。67
歳であった。「老人ホームで、良い老人と言われるには、自我を失わなければならない」状況を打ち破ることを目指していた。
フィラデルフィアに住む彼女が最初にしたことは、地元の銀行が実施していた、老人に対する預金口座開設についての差別をなくさせることと、もうひとつ、ヴェトナムでの戦争の終結を求めることであった。73
年に、休戦が実現すると、性差別に反対する運動に関わっていった。リブやゲイの集会には、彼女が組織する、老いた「活動家」たちの姿がよく見かけられたものである。
危機の時代になると、ふだんは声を上げない人々が、突然のようにして登場してくる。これはアメリカ社会の特徴のひとつでもある。言いたいこと、したいことを山ほど抱えていながら、ふだんはじっとしている人々が、声を発するとき、それがアメリカの危機であり、同時に「好機」でもある。
地方紙のエディトリアルのページに登場した、このプロテスタントの牧師の発言は、チェックする価値があると思われる。
「ブッシュ政府は、恐怖を梃にして、永続的世界戦争に向かおうとしている。国内では、恐怖を梃に、経済的社会的な革命を進めて、国民一般の福祉を守るという政府の機能を破壊することを目指し、その権力の真空部分を、企業利益で満たそうとしている」
「しかし、最も重大な問題は別のところにある。それは、ブッシュ政府が、終わりなき『テロへの戦争』を隠れ蓑にして、わが国の憲法に深く根ざし、デモクラシーの根幹をなす基本的な市民的自由を浸食していることである」
「アメリカの外で捕らえられた数百人の外国人が、キューバのグアンタナモ米軍基地にずっと拘束されている。ブッシュとラムズフェルドは、そこを強制収容所にしている。グアンタナモ強制収容所は、アメリカ憲法の埒外であり、国際法、世界法廷あるいは戦争犯罪者の取り扱いに関するジュネーヴ会議条約からも除外されている、というのが、彼等の主張である」
「犯罪者に対する拷問は、わが国の憲法でもジュネーヴ会議条約でも禁じられているけれど、CIA は、拷問をしたい人々を、これらの禁止事項を守らない他の国々に引き渡している。かつてアメリカへの移民は、自由の女神を仰ぎながら迎えられたけれど、いまでは、逮捕され、裁判にかけられ。罰せられ、密かに追放されるだけで、正当な、合法的な手続きはおこなわれていない」
「合衆国愛国法の下では、いかなるアメリカ市民も、逮捕される可能性があり、秘密の場所に『重要証人』として監禁され、訴訟手続きも行われず、弁護士や家族にも頼ることができないまま、政府が必要と認める限り留め置かれる」
「老人の役割が必要なのは、この場面である。言論の自由、自分の意見を表明する権利、つまり、見たままに真実を語り、政府を批判することは、抑圧に対する防衛に於いて、アメリカ人すべてにとって、譲れない基本である。言論の自由が現在の政府によって、直接的脅威にさらされている。政府は、勝手にだれをも逮捕することができ、密かに隠してしまうことができると考えている。我々年配者は、真実を語るための先頭に立つ必要があるだろう」
「政治的行動と市民的抗議は、自らの努力の成果を楽しむだけ長く生きていられる若い人々が先導するべきだ。ブッシュの戦術は、国際法を弱め、国内的な憲法保護を迂回するために、テロに対する恐怖を煽ることにあるのだから、我々の行動は、法の支配と人間的自由の最大限の行使を支持するところにあるべきである。テロとの戦いに対置しなければならないのは、平和的抵抗にちがいない。先頭に立てるのは、エネルギーと忍耐力を持った人々である。しかし、『両刃の剣を研げ』-我々老人は、こちらを引き受けようではないか」
「私は、自分の見解を押しつけようというつもりはない。みなさんの信じるところを表明してほしい。私の考え方は、私のサイト CreeksidePress.com
に掲載し、いくつかの新聞社にも送られる」
「私は、長く、満ち足りた、心豊かな暮らしを送ってきたので、おかげでここまで言うことができた。なにかよくないことが私に起こることはないだろうと思っていることも、私を心安らかにしている。連邦捜査官に捕らえられて、どこか知らない土地に連行されることもないだろう。もし私が消えたとしたら、息子たちや妻や友人仲間たちが、一体になって、私が釈放するまで叫び続けるにちがいない」
「しかし、他の人たちはそうはいかない。皮膚がちがう、祖先がちがう、宗教がちがうからである。ヒトラーがユダヤ人を見も知らない土地へ輸送しはじめたとき、ドイツ人は、『あの人たちはちがう。あの人たちの運命は私とはちがう。私には起こらない!』と思い込んでいた。今年は、たしかにそうかもしれない。しかし、来年はそうでなくなるかもしれない。いま声に出して言わなければ、5
年後にはもう言えないかもしれないのだ。テロへの戦いとして偽装された、人間的自由に対するブッシュの攻撃は、それほどに深刻なのだ」
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[2003.6.17.]