★続「アイルランドの旅人たち」
5 歳になる我が子を虐待している現場をヴィデオ撮影された母親、マデリン・ゴーマン・トゥグッドは、「アイルランドの旅人たち」Irish Travellers であった-このニュースは、アイルランドの新聞でもトップで報じられた。
この放浪集団の存在をはじめて知ったというアメリカ人も多い。彼らの先祖たちがアメリカにやってきたのは、アイルランドでジャガイモ飢饉があった 1840 年代なのである。じつに一世紀半にわたり、この人々はアメリカ社会の陰に居続けていることになる。
放浪する人々の存在は長い間、アイルランド本国の人々にとっても重荷になっているが、同じグループがアメリカでこれほどまでに増殖していることに、一様に驚いているらしい。
トゥグッドの写真は、ダブリンの新聞『イヴニング・ヘラルド』の一面を飾った。これについて、自助グループの「アイルランドの旅人たち」運動の内部では、この事件がマイナスに働くことになるのを懸念する声が強いという。ヴィデオの映像は生々しく、「旅人たち」への世間の風当たりは、おかげで山火事の際の強風にも等しくなるであろうと。
なおトゥグッドは、警察当局にウソの住所を教えたことでも起訴されている。そこは、空き家になっているクリーニング店のものであった。夫のジョンも同じウソの申告をしていた。ふたりは複数の運転免許証を所持しているが、それらのいくつかにも同じ住所が記載されている。
トゥグッドらのグループは、「詐欺師」「いかさま師」と呼ばれ、「妄想と狼狽」につけこむ連中とされている。
「旅人たち」の歴史をたどると、アイルランドにケルト民族がやってきた紀元前 400 年よりさらに以前に至ると言われる。この本国でも、彼らはうそつきと見なされ、嫌悪の対象になっている。
アイルランドに住む「旅人たち」は、推定 3 万人で、人口の 1 パーセントにならない。イギリスにも 1 万人ほどがいる。ヨーロッパには、他にも「スコットランドの旅人たち」「イングランドの旅人たち」あるいは「ロマニー」(ジプシー)などの放浪集団があるが、「アイルランドの旅人たち」が特異なのは、固有の生活スタイルを持ち、「カント」「ガモン」などと呼ばれる、英語とゲール語を混合したような言語を有している点である。
もともと彼らは、馬と馬車で町から町へ移動しながら、金属類を売ったり研いだりして生計を立ててきた。ブリキを扱うところから、tinkers(tin はブリキ)というニックネームも生まれた。
歴史的には、ヘンリー 5 世をはじめとして、その行動を非合法化する試みが何度もあった。1922 年のアイルランド独立後、新しい共和国政府は、「旅人たち」から旅を奪う方針を打ち出し実行した。
町ごとに、バリケードや大きな石で、彼らの野営地を封鎖しようとした。移動を思いとどまらせようとして、住宅の供給が行われたが、根づくことはなかった。一方に豊かさを誇る文化がある。他方に放浪の文化がある。前者は後者を駆逐しようとする。教化することで、現在の生活を変えさせることができると考える。つまり、もともと彼らも定着して暮らしていた人たちが定着に失敗しただけで元に戻せばいいのだという観念そのものが誤っていることが忘れられているのである。
この 20 年ほどは、「旅人たち」の存在は、アイルランドの公民権問題のひとつになってきている。
「アイルランドの旅人たち」運動は、「旅人たち」のグループ 70 ほどを傘下におさめる団体だが、数年前にネイティヴ・アメリカンと接触を持った。同国人からしいたげられ、打ちのめされている現状は、お互いに同じだという認識を抱いた。
「旅人たち」は、水道やトイレなど生活に絶対必要な施設のないところで育ったという、苦い記憶を共有している。仲間といつも一緒で楽しいことがないわけではないが、他の人たちには当然のものを自分たちはもっていないという欠乏感は根深い。
アーミッシュなど、宗教的な信念から現代の便利さを拒否する人たちもいる。しかし、「旅人たち」の場合は、独立と冒険への志向が強く、他の人たちと一緒にやることをよしとしないのだと、ユニオン・カレッジの文化人類学教授シャロン・ボーン・メルチは述べている。それにしても生活は困難をきわめていて、50 歳まで生きる人は 5 パーセントに過ぎないとされる。
アイルランド・ワイン商連盟は、この夏、「旅人たち」がパプに出入りすることを禁止する運動をはじめた。ガルウェイ郡のあるカソリック系学校で、「旅人たち」の子弟が入学することに抗議して、親たちが子どもを引き上げ、閉鎖の憂き目に遭った。「旅人たち」を標的にした、私有地の無断横断を犯罪とする法律がアイルランド議会で成立した。この法律は現在、法廷で争われている。
同族外の相手との結婚、生活の向上、社会的圧力、テクノロジーの進歩など、先進国の民族グループが、そのアイデンティティを失っていく機縁はいくつもあるのだが、「旅人たち」については、いまのところいずれも当てはまらない。
以前からの生業も現在では、家の修繕、カーペットの販売、庭仕事などに姿を変えている。彼らは、アイルランドではじめて携帯電話を持ったグループのひとつだといい、テクノロジーはその生活スタイルの強化に役立っているわけである。馬車やテントは、モビールハウスやキャンピングカーになっている。いまでは、移動手段だけを見ていたのでは、いったい「旅人たち」なのか、休暇のヤッピーなのか区別がつかなくなっている。
サウス・カロライナやテキサスあたりでは、彼らは独自のキャンプ地に集まってくるが、北東部などの都会化された地域では、他の人たちの間にすぐに同化して暮らす傾向が顕著である。
アイルランドの作家、ヌアラ・オファオランが、数年前に『アイリッシュ・タイムズ』に、次ぎのようなコラムを書いている。
「『旅人たち』の生活はほとんどオープンになっている。男が妻を路上で殴るのをみんなが見ている。しかし、閉じたドアの向こうではそんなことは日常茶飯ではないか。職業紹介所の外では、男たちがワインの瓶を握りしめているし、クルマのなかではちびちびやっている。しかし、放浪なんてしない連中も、パブでもテレビの前でも飲んでいるし、シェリーの瓶をまわしているじゃないか。子どもの面倒を見ないのはどこでも珍しくないけれど、ただほとんど知られていないだけだ。ところが、『旅人たち』の子どもたちがボンドを吸うのはみんなが見ているってわけ。日焼けした赤ん坊を抱えて、ボール箱の前に一日中座っている女たちも、みんなに見られている。
「つまり、彼らにはプライヴァシーがないのだ。我々から逃れられない。彼らは『他者』である。その他者性には不安以上のものがある。我々と『旅人たち』の間に横たわる理解の深淵。その深淵のなかに、彼らの本質を巡るさまざまの悪夢が渦巻く」
だから、トゥグッドはヴィデオに撮られたのである。彼らはみんなに見られている。家を持つことのない人たちは、家のある人たちに対してプライヴァシーを要求することができないのである。
先のコラムを読みながら浮かぶのは、ホームレスと言われる人々と、「ホーム」を所有していると信じ込んでいる我々との間にあるはずの「深淵」である。
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(2002.10.11.)