★「アイルランドの旅人たち」という集団
■
インディアナポリスの駐車場で
4 歳の娘を叩いているのをヴィデオ撮影されたマデリン・ゴーマン・トゥグッド(25
歳)は、アイリッシュ・トラヴェラーズのメンバーである。トラヴェラーズは、アメリカ中を放浪し、ペンキ塗り、屋根職人、柵作り、アスファルト舗装などをしている。世間とまじわらず、極端な秘密主義を貫いている。
結婚はメンバーの間で行われる。ほとんどが定住することなく、年に 10 カ月は仕事のために旅をしている。他のアメリカ人(彼ら言うところのカントリー・マン)に聞かれたくないことを話すときはキャントという隠語を使うが、これはケルト系のゲール語と英語の混成語である。男の子は
14 か 15 歳には学校をやめて、父親にしたがい、アメリカ中を巡りながら仕事をおぼえる。
18 年前からトラヴェラーズを追っている捜査官のひとりは、デパートの駐車場で娘を殴る母親の映像に接して、とても驚いたという。彼らは子どもをいじめることはなく、とても可愛がるからである。
トラヴェラーズたちが合衆国にやってきたのは 19 世紀で、アイルランドがポテト飢饉に見舞われたときである。当時はイングランドからもスコットランドからも、同様に放浪の民たちがやってきていた。現在トラヴェラーズの数は、2
万人とも 10 万人とも言う。
トラヴェラーズの居住地として最大なのは、サウス・カロライナ州のマーフィ・ヴィレッジで、3 千人のコミュニティを形成している。他に、メンフィス、ルイジアナ州サンセット、オクラホマ州スパイロ、アーカンソー州フォート・スミスなどにも居住地域がある。幼児虐待に問われたトゥグッドの場合は、テキサス州フォート・ワースに近い居住区に属しているものと思われる。
去る 5 月、彼女は盗みの疑いで法廷に召喚されたが、これに応じなかった。彼女ともうひとりの女性は、3 月にフォート・ワースのデパートで盗みを働いていたのである。
フォート・ワースでは、トラヴェラーズのグループがトレーラー・パークを買い取って、そこに住んでいるらしい。
トラヴェラーズの人たちは、多くは正直者で、仕事をきちんとするが、なかには、くわせものの山師もいる。家の修理を引き受け、ごまかしたり手抜きをする連中がたしかにいる。
こんなケースがある。85 歳の女性が朝の 8 時に、屋根の物音に驚いて目を覚ました。見上げると、男 3 人が屋根に上っている。「なにしてんのよ」「おばあちゃん、あんたが俺たちを呼んだんだよ。もう忘れたかね」 彼女は彼らの言い値の
1 万 3 千ドルを払ったけれど、一度も見たことのない顔ばかりだったという。
トラヴェラーズはたいてい、家の外側の仕事を請け負うために、家々を尋ねては、ペンキ塗りありませんかとか、車庫前の舗装はどうですか、などとご用聞きにまわっている。もっとも、家の中へ入っていけば、手に持ったビンのなかの水を天井に吹きかけ、あそこが雨漏りしてますよ、などということはよくやるらしい。
トゥグッドは、インディアナ、ミズーリ、テキサス、ニュー・ジャージー、各州の運転免許証を所持している。トラヴェラーズは季節労働者と似たパターンで、旅してまわっているのである。それぞれにパターンがあって、春になるとやってきて、秋にまた戻ってくるというような周期で、暮らしている。
幼児虐待のヴィデオは、普通のアメリカの日常からは隠されながら、社会の底辺を動きまわっている、さまざまの集団のひとつをあぶりだすことになったわけである。