★愛国の名において、移民を排斥する
皮肉なことであるが、アメリカに於ける愛国とはつねに移民の排除や制限と結びついている。なぜ皮肉かと言えば、アメリカ社会は移民によってつくられ、移民の増加が、その活力の源泉になってきたからである。
移民に依拠する社会が移民を排斥する。それも愛国の名において、堂々とあるいは熱狂的に行われる。
その最初が第一次大戦の後であった。大戦中に獲得した高賃金が、安い労働力の流入によって失われることを懸念した労働運動の指導者たちが先頭に立った移民制限の運動は、知識人を巻き込んで、拡がった。
ある作家は、無制限な移民は、アメリカに「人間の寄生虫」を溢れさせることになり、「無能な雑種の集まる混血の種族」をつくりだすと主張した。
大部の『アメリカの歴史』(邦訳は集英社文庫) のなかで、サムエル・モリソンは、このような議論は、戦後の「百パーセント愛国者」たちを魅了することになり、移民割り当て法施行への原動力になったと述べている。
続く移民排斥の波は、政府主導でやってきた。真珠湾攻撃を皮切りに太平洋で戦争がはじまって間もなく、日系人を摘発して強制収容所へ送り込む政策が実施された。
ナチスのユダヤ人虐待を非難する、戦後アメリカ人の「良心」を悩ませつづけたのが、自分たちもそれほどえらそうなことを言っているわけにもいかないのだというところにつながる、この記憶である。
そして、イラクを相手にする「第二次湾岸戦争」の危機が迫っているいま、移民社会が移民を目の敵にする現実に、アメリカ人はまたも直面しようとしている。
ACLU (全米市民的自由連合) の幹部による、次ぎのような談話が伝えられている。
「それは、日系アメリカ人の強制収容という過去を思い出される。我々は、たくさんの電話による問い合わせを受けている。聞いているところでは、協力しようと出かけていった人々が次々に拘留されているようだ」
今回の標的は、アラブ系の住民である。
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連邦移民局は、9.11 の同時多発テロへの対応策の一環として、アラブ中東諸国 20 カ国を対象として、アメリカに居住していて永住ヴィザを所持していない、17 歳以上の男子に対して、地元移民局の窓口に出頭することを求める規則を実施している。
この計画は、3 年を費やして、該当者 3500 万人をチェックしようというもので、ひとりずつ写真を撮り、指紋を採取し、面談した上で、それぞれについて連邦機関が審査することになっている。
12 月 16 日・月曜日が、イラン、イラク、シリア、リビア、およびスーダンの出身者の出頭期限にあたっていた。税金の確定申告最終受付日みたいなもので、この日に、どっと出頭してくる。ところが、かなりの数の男たちが、そのまま拘留されたのである。
しかも、ロサンジェルス、元祖ディズニーランドのあるオレンジ郡、それにサンディエゴといったカリフォルニア南部に集中している。この地域には、イランからの亡命者 60 万人の多くが住んでいるので、彼らを狙い撃ちにしたのではないか、と言われている。
どのぐらいの数の人々が拘留されたか、移民局側が数字を公表していないので、500 人とも、700 人とも、あるいは 1000 人とも言われて、正確なところはわかっていない。
移民局は、これらの数字に対して実際はそれほど多くないとだけ反論して、拘留の事実そのものは認めている。そして、身柄を拘束した理由として、ヴィザを持っていなかったり、オーヴァステイだったりする法律違反を指摘している。しかし、特定の住民を対象に、しかも特定の地域の出身者にだけ網をかぶせようとするのだから、それら「法律違反」とする、一般的な理由は、この際通用しないであろう。
ワシントンの「アメリカ・アラブ差別反対委員会」は、9.11 以降、移民局が新たに実施をはじめた対策について、「人種と出身国による差別をアメリカの移民政策に持ち込むという、長年行ってこなかったことがまたもおこなわれつつある」として、非難の声明を発表している。
この声明のなかでも、とくに南カリフォルニアでイラン人男性の拘留者が多いことが指摘されていた。
だれでもわかることだが、たとえ該当する住民のなかにテロリストが混じっていたとしても、移民局にのこのこと出頭してくるわけがない。
移民社会のアメリカで、移民の特定のグループに対して、その不利益になるようなことを敢えてしようとするのは、この社会のアイデンティティを自ら否定することにつながる。それでもなお実行に移そうとする。これは、そのグループが代表する人種民族なり国家なりへの、明確な敵対意識を明らかにする意味がある。グループの成員の自由を奪うことで、この敵対はさらに強調される。
こうして、イラク攻撃が間近に迫っていることが取りざたされるいま、アラブ世界に対して、アメリカの不屈の意志を表明しようとしている。
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9.11 のテロからわずか 8 日後の 2001 年 9 月 19 日に、フリーマーケット派の『キャピタリスト・マガジン』のサイトに、ロバート・W・トラシンスキという人物による「我々はいまやすべてイスラエル人である」というエッセーが掲載された。トラシンスキは、徹底した個人主義を鼓吹した作家の名を冠した「アイン・ランド研究所」のアナリストであるという。
「我々はいまやすべてイスラエル人である」の呼びかけは、パレスチナ人と対決するイスラエル政府の立場に共鳴するアメリカ人の間で、強い連帯を表明する表現として、いまも生きつづけている。
トラシンスキのエッセーの趣旨は、「アラブ・テロリスト」からの攻撃が、アメリカ本土に加えられたことで、アメリカ人は、イスラエル人と同じ境涯に置かれるにいたったというものである。
一部を以下に引用してみよう。
「イスラエルが、ニューヨークとワシントンの爆撃と同じ規模のテロリスト攻撃の犠牲になったことはいままで一度もない。しかし、一年前、アラファトが、イスラエルに対する新たな戦争を開始して以来、テロリストは、イスラエル市民 1,000 人以上を殺害あるいは負傷させた。イスラエルの人口は 600 万人に満たない。これをアメリカ合衆国にあてはめれば、民間人 44000 人が犠牲になったのと同じことである。
「先週我々が経験した恐怖は、イスラエル人が、何十年にもわたり、そのなか生きてきたものであり、テロリストの動機はどちらも同じである。彼らの動機は、ユダヤ人憎悪を重要な部分として含んでいるけれど、それだけではない。西側への、より広範な憎しみである。つまり、イスラム法を嘲笑する、自由で信仰に縛られない社会、我々に富をもたらす産業、技術、経済的な自由、そして、在来型の攻撃にびくともしない軍事力、それらへの憎しみに他ならない。テロリストたちは、我々が共有しているものに着目する。アメリカがイスラエルを支持しているからばかりでなく、イスラエルによって我々の価値が代弁されることに関しても、アメリカを憎んでいる。昨年、ガザのモスクの説教でパレスチナの聖職者が宣言し、アラファトの統制を受けたテレビが流したとおり、「どこにいても、ユダヤ人を殺せ。アメリカ人を殺せ。やつらはユダヤ人とよく似ている」と考えているのである。にもかかわらず、我々はイスラエル人にしきりに自制を求めてきた。
「多くの人々にとって、イスラエル人の苦境は、我々がこのアメリカで同じ類の攻撃に直面するまではほんとうのところわからなかった。しかし、いまとなっては、なんの言い訳も通用しない」
この論理は、9.11 直後のブッシュのそれと重なることを確認しておくことが必要であろう。
筆者のトラシンスキは、この期におよんでもイスラム世界の憎しみの源を探ろうとする「もっとも軽蔑すべき卑怯者」としての知識人たちを非難し、これに追従する「国務省の近視眼的プラグマティストたち」を弾劾している。なかでも、コーリン・パウエル国務長官には、「妥協主義の首領」の称号を送って軽蔑をあらわにした。
そのパウエルが、最近の発言では、イラク攻撃を示唆していることも、注目しておくべきであろう。
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トラシンスキのエッセー、とりわけそのタイトルは、西側がイスラエルをバックアップして、共にアラブ世界と戦わなければならないと主張する人々の合い言葉になった。ブッシュが、その後歩んできた道は、どのように表現を変えようと、アラブ世界全体との敵対である。
今回、アラブ人居住者の大量拘留に際して、ふたたび「我々は全てイスラエル人である」の標語が持ち出されている。ただし、その持ち出され方は、ちがっている。
トラシンスキと同じ保守派のなかで、もっとも強力に反戦を主張する論客のひとり、ジャスティン・レイモンドーが、ネット上で書いているコラムのなかで、アメリカのイスラエル化を激しく非難している。
レイモンドーがここで指摘しているのは、イスラエルが、5000 人にものぼるパレスチナ人を拘留していると言われることと、アメリカにおけるアラブ系住民の拘留との間に、共通性を見出しているからである。
次ぎのような AP 電を引用している。
「昨夏の盛りに、イスラエル軍は、ティーンエージャーから中年までのパレスチナ人男性を公共の場所に集めて、尋問し、嫌疑のある者はすべて閉じ込めた」
民主国家イスラエルが、パレスチナ人に民主主義のルールを適用しないと同じように、アメリカもまた、アラブの「不法滞在者」に対してのみ、民主的手続きを省略しようとする。こうして、アメリカとイスラエルは、同じ穴のムジナ化しているというのが、レイモンドーの言う「イスラエル化」である。
アメリカは「イスラエル」になったのだから共にアラブと戦え、と叫んだトラシンスキと、「イスラエル」の轍を踏んでアラブと敵対する道を選ぶな、と主張するレンモンドーと。
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ヒトラーが、ユダヤという民族を徹底的に憎悪し、これを滅ぼそうとして、強硬策に出たとすれば、イスラエルもまた、ナチスを執拗に追及しながら、パレスチナ人に対して、同様の仕打ちをし、強制収容所に等しい囲い込みを行っている。
アメリカは移民を受け入れて、もっとも自由な社会を標榜しつつ、敵対する人種、民族の抑圧なしには、その歴史はなかった。それは、ネイティヴ・アメリカンにはじまり、アフリカン・アメリカンに受け継がれ、20 世紀以降の移民排斥へとつながっている。
イスラエルもアメリカも陥っている自家撞着。この自家撞着の上に、どちらの社会も存立しつづけている。
もはや先には進めない袋小路、立ちふさがる、空までも伸びる高い壁。しかし、それぞれの前方には、無限に拡がる天地もまた広がっているかのようにも思える。
ローマ帝国は、自らの道をたどって滅びていった。当時の支配者たちには、その運命を他にも強要するだけの力はなかった。核兵器も生物化学兵器も持ってはいなかった。しかし、いまは全てを道連れにして、滅んでいくための手段はいくつもある。しかも、アメリカとイスラエルだけでなく、その敵対する相手の手中にも。
サダム・フセインが、ひそかに所持する大量破壊兵器を使って、イスラエルを攻撃し、その最期を「飾る」という事態は、ありえないことではない。
南カリフォルニアのアラブ系拘留は、安全保障のための移民政策の一環にとどまるものではない。後戻りのできない地点へつづく道の一歩であることを認識する必要がある。
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[2002.12.24.]