2010.2.5.
夜陰に乗じて。#6
暮れの28日、新橋のトニーズバーTony’s Barが店を閉じた。オーナーの松下ベッティーさん(79)が、体調を崩したため。
このバーは、もともと店名の通り「トニーの酒場」。ベッティーさんの弟、松下安東仁(アントニー→トニー)さんが、ほぼ半世紀前に、人形町にオープンしたのが最初。その後、新橋に移り、21世紀に至る。
数年前、トニーさんが69歳で亡くなり、姉のベッティーさんが、そのままの形で引き継いだ。
トニーさんは、東京オリンピック前の早い時期からモルト・ウィスキーに着目し、集めに集めて、日本ではほとんど未知の味わいを提供しはじめた。全長10メートル、大半がスタンディングのカウンターと向かい合うバックバーには、いちばん多いときで、2400本のモルトを揃えた。
トニーさんは、モルトの飲み方について、譲らない信念を持っていた。それは、いい酒はそのまま飲むのが一番というもの。だから、モルトのソーダ割りなどという注文には、怒りを露にした。
トニーさんはまた、バーでのマナーにもきびしかった。一杯だけで帰るなというのもそれ。一杯でやめるのは、おいしくないと言うのと同じだから。どうしても二杯目が無理なら、あらかじめその旨伝えておくのがルールだと。
トニーさんの辛口の接客に、慣れない新来の客は怖じ気づく。出入り口に近い真ん中あたりに立って、中途半端に飲むことになってしまう。トニーさんとにこやかに語り合いながら、奥の「常連席」を占拠する先輩たちを羨ましく思いながら。
このイヤな感じを救ったのが、ベッティーさん。この二歳年上のお姉さんは、以前もトニーさんのバーを手伝っていたが、結婚し、家庭に入った。やがて子育てが終わり、現場に戻ってきたわけ。
ベッティーさんの、このバーでの立ち位置は、長いカウンターの半分よりやや後ろ。そこは、モルトにもバーにもまだまだ慣れない、比較的若い客たちがたむろする一角のど真ん中でもある。
明るい笑顔、無類の話し好き、空になったグラスの一嗅ぎでモルトの良否を判別する感覚。
店の奥で、忠臣たちにかしずかれ、帝王のように君臨するトニーさんと、慈母のように優しく客たちに接してくれるベッティーさんと。このふたりは、トニーズ・バーという宇宙を、力を合わせてクルクル回しつづけていた。
ベッティーさんを頭に、トニーさん、それにもうひとり、やはり新橋でバーをしていた松下ジョニーさん(故人)。3人姉弟とも、父がイギリス人、母が日本人の日英ハーフ。
3人の人生の日々は、子どもだった頃から、バーとともにあった。慣れ親しんだバーとの別れは、身を切られるほうがまだましかもしれない。
なお、トニーさんのバーは,全面的に解体されて、若いバーテンダーの店に再生する予定という。

